京都の呉服問屋で出会った「3本足の烏」

私が初めてヤタガラスという言葉を耳にしたのは、和服を着始めたころ。帯を探しに、東京から京都へ出向いたときである。訪れた帯問屋で見た帯には、3羽のカラスが描かれていた。

「これは何ですか?」
「ヤタガラスですやん。3本足の」
「…………」

そのときは、深く訊ねる気にはならなかった。黒い帯に、黒いカラスが3羽織り込まれている。しかも3本足。意味不明でいかにも不気味な帯を締めるなど、和服入門者だった私には考えられないことだった。ところが、京都で暮らしてヤタガラス伝説を知ったとき、買わなかったという自分の選択を私は激しく悔いた。そして、その帯問屋にもう一度ヤタガラスの帯を制作してほしい、そのときは知らせてほしいと執拗に迫ったのだった。ようやく私の手元にやってきたのは5年前。ただし、カラスは1羽のみ。以前見たのと同じではなかったが、足はたしかに3本あり、京都では締めるたびに人々の注目を集めている。

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さて、冒頭の、参拝しているとカラスが上空にやってくる神社とは「賀茂社」、「賀茂族」の神社である。現在は上賀茂神社と下鴨神社と2か所に分かれて鎮座している

古代豪族の「賀茂族」は、和歌山から奈良を経て京都に住み着いた。まだ奈良に都があり、平安京ができる前のことである。古代から天皇家を支えてきた賀茂族の「賀茂社」は、日本の中では伊勢の神宮に次ぐ神社と格付けられ、世界遺産にも登録されている。5月に開催される葵祭(=賀茂祭)では、天皇から勅使が送られる、特別な神社だ。

3本足にご注目。上賀茂神社のヤタガラスみくじ。下鴨神社のブックマークと蹴鞠の懐紙 撮影/秋尾沙戸子

ヤタガラスが登場するのは『古事記』と『日本書紀』である。初代天皇として即位するにあたり、神武天皇は和歌山から大和(奈良)に向かったが、途中、熊野山道で荒ぶる神々との闘いを強いられたところ、3本足のヤタガラスに導かれ、無事に大和(奈良)に到達したというのである。実際には「賀茂族」の集団が黒い装束を着て護衛したと思われるが、天皇を安全に導いたとされるヤタガラスこそが、神として「賀茂社」に祀られているのだ。ヤタガラスに扮した神は賀茂建角身(たけつのみのみこと)として下鴨神社に、孫の賀茂別雷神(わけいかづちのかみ)が上賀茂神社に祀られて、現在に至る。

なるほど、単純に考えても、道に迷わずゴールに導く神としてのヤタガラスは崇敬に値する。あのときヤタガラスの帯に価値を見出さなかった私は浅学薄学、愚かなことこの上ない。他方、日本サッカー協会のシンボルにした当時のスタッフは賢明であったとみるべきだろう。

そうした縁も手伝ってか、いずれの賀茂社でも例年、蹴鞠が奉納されている。下鴨神社では1月4日に、上賀茂神社では2月11日の「建国記念の日」に、私たちは平安絵巻さながら蹴鞠の様子を境内で直に堪能できるのだ(残念ながらコロナ禍の令和3年は中止)。