東京から京都に移住したジャーナリストの秋尾沙戸子さんの文章と、秋尾さんを京都の師と仰ぐ漫画家の東村アキコさんによるイラストでお送りする連載「アキオとアキコの京都女磨き」。今回は京都御所や神社で開催されている蹴鞠とサッカーの奥深い関係について、3本足の烏「ヤタガラス」の伝説をひもといていく。

 

日本サッカー協会のシンボルを見ると

やはり頭上でカラスが啼いた――。

とある神社の本殿前で手を合わせると、必ず上空にカラスがやってくる。カラスが「神の遣い」というのは本当なのだろうか。もしかして、彼らはヤタガラスの子分かもしれない。本来、神前では邪念を捨て感謝を捧げるべきなのだが、ついカラスのことばかり考えて空を見上げてしまう私である。

京都のカラスは美しい。少なくとも、東京の青山墓地や繫華街でゴミをあさっている大きなカラスとは違う。もっと細身で華奢。なんとなく上品なのだ。私なりに調べたところ。品種も同じではない。おかげで、京都で暮らし始めてから、私の中のカラス・イメージは劇的に変わった。御所や神社で見かけるカラスが実際に美しいのに加え、ヤタガラスの神話を知ってしまったからである。

ヤタガラス(=八咫烏)は、神話に登場する3本足のカラスである。3本足のカラスと言えば、JFA(=日本サッカー協会)のシンボルマークで見たことのある人も多い、かもしれない。

そもそもJFAのシンボルが、なぜ3本足のカラスなのか。この問いに明確な答はない。伝わっている説は、明治時代、日本にサッカーを本格的に紹介した中村覚之助が、和歌山・熊野の出身者だったことに由来するというものだ。彼は洋書を翻訳して『アッソシェーション.フットボール』を発刊、東京高等師範学校在学中に蹴球部を創設した。当時のサッカーはラグビーやフットボールと入り混じった形だったが、ここから日本のサッカーが発展したのは確かである。大正時代には日本蹴球協会なるものが創設され、昭和6年に協会の名称を変更する際、シンボルマークを作ろうということになった。中村の出身地である熊野には「3本足のヤタガラス伝説」があるではないか。後輩がそう提案して決まったというのが有力な説である。

日本サッカー協会のシンボルマーク。今年100周年を迎えるJFAは、これをヤタガラスとは呼んでいないが、シンボルマークのカラスは、3本目の足でボールをがっちりおさえている

昨今のサッカーファンにも3本足のカラスは人気だ。「迷うことなくボールをゴールに導いてくれるかも」、「日本を勝利に導いてくれるかも」と、勝利への願いを託しているという。そこまで現代人も言い切るほど、3本足のカラスは強い神通力を持つ存在なのだろうか。

迷うことなくゴールに導く3本足のカラスとは何か。ヤタガラスの伝説をひもといて考えてみよう。