ゲーム理論を生み出した天才ノイマンは、経済学も根本的に変えた

コンピュータの特許権は放棄
高橋 昌一郎 プロフィール

アインシュタインの猛反発

一方、ノイマンは、居心地のよいプリンストン高等研究所を去る決心がつかなかった。高等研究所は、ヨーロッパから逃れてきたノイマンに終身教授職を提供し、そのおかげでアメリカ合衆国の市民権を取得できたという恩義もある。

そこでノイマンは、もし高等研究所でコンピュータを開発できるなら、他からの誘いは断るつもりだと、意図的に数名の同僚に打ち明けた。

1945825日付で、ノイマンの同僚の数学者ジェームズ・アレクサンダーがエイデロッテ所長に書いた手紙は、「どうすればフォン・ノイマンを留めることができるのかという問題が、日に日に切迫してきています」と訴え、「もし彼を失うことになれば、我々にとって大きな悲劇です!」と述べている。

これに対して、エイデロッテ所長は、「フォン・ノイマンがコンピュータを開発するために必要な資金は、私が集めてくる自信もあることを、彼に伝えてもらって構わない」という返信を書いた。

研究者の「楽園」である高等研究所で、「コンピュータ」のような「機械」が組み立てられることは、一部の教授陣から猛反発を招いた。その筆頭がアルベルト・アインシュタインだったが、エイデロッテ所長は、ノイマンを繫ぎとめるためには、どんなことでもする覚悟だったという。

高等研究所のアインシュタイン(photo by gettyimages)
 

未来を見通した手紙

当時の状況を、後にノイマンの助手を務めた工学者ジュリアン・ビゲロウは、次のように述べている。

「このような駆け引きは、フォン・ノイマンが、いわば左手の小指一本でさばいていたことでした。それは、彼が生き抜いていくうえで必要不可欠な交渉術のようなものでした。ただし、彼の残りの指は、もっと重要で実りのある仕事を成し遂げていたのです」

1945年の秋学期、高等研究所におけるコンピュータ開発計画は正式に承認され、そのために、毎年10万ドルの資金が3年間提供されることになった。10月、ノイマンは、資金提供を申し出た海軍のルイス・ストロース准将に、次のような未来を見通した手紙を送った。

「これまでの数学には、計算速度に限界がありましたが、その速度を1万倍以上速くする目途がつきました。そうなると、次のようなことができるようになります。

1.かつて1人の数学者が一生かけていた計算を1日、しかも午前中に終わらせる。2.研究チームが、100倍の仕事量を100倍の速度で終わらせる。3.これまで想像することさえできなかった新たな研究分野が拓けてくる

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