超エリート官僚による「家族殺人」、多くの人が“被告に同情”するワケ

「家族の責任としての殺人」は許されるか
阿部 恭子 プロフィール

「うちは経済的に恵まれていた方だったので、周りに相談しても深刻に受け止めてくれる人はいませんでした。夫の面子も考えると、本音を話すこともできなかったと思います」

周囲からプレッシャーを理解されず、悩みを抱え込んでいたのは息子も一緒だった。浪人生活の長期化で友人と疎遠になっていったが、余裕のある生活をむしろ羨ましいと言われ、自分の悩みは他人には理解されないと心を閉ざすようになっていた。

〔PHOTO〕iStock
 

ある日、息子は犬の鳴き声がうるさいと隣の家に向かって怒鳴り始めた。息子は母親だけではなく近所や外の物音にも敏感に感情を爆発させるようになっていた。怒りが収まらない息子は包丁を持って隣の家に向かおうとした。小山さんは慌てて息子を追いかけ、包丁を取り上げようともみ合いになっていたところ、腹部に包丁が刺さった。

小山さんが病院で目を覚ますと、夫から、小山さんが倒れた後、息子が自ら命を絶ったことを告げられた。

「あの時、息子から包丁を取り上げていたら、私が息子を刺したと思います。「死」以外の出口が見えなくなっていました」

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