Lesson3 「エレガンス」という社会への抵抗

太さの異なるラインを組み合わせ、単調にならず存在感のあるストライプ柄の10本骨傘。光沢感のある生地を使用し、雨の日も気持ちが高まる軽快なデザイン。紳士・ディライン オレンジ×ネイビー¥16500~(税込)/前原光榮商店

ーーいい傘は実用品ではあるけれど、必需品ではない。ライフスタイルの象徴に近いものがありますね。
中野 時間はスマートフォンで確認できるからつけないという人もいるけれど、それは少し寂しい。傘も同じで、必需品ではないけれど持っていることがその人自身に喜びを与え、その人の格を上げてくれる。失くしてもいい適当なものばかりを使っているとだんだんと心も寂しくなっていくように思います。
森岡 失くす前提で物を選ぶというのはラグジュアリーではないですからね。
中野 今の世の中には効率的なものもたくさんあるけれど、そればかりを追い求めると人間ではなくなる、みたいな感覚になりますね。
森岡 それは、人生を料理に例えるとわかりやすく、食事を餌としてとらえるのか、味わう喜びや美味しさを求め心を豊かにするのか、といったことですね。生きるためだけなら別に美味しくなくてもいいわけです。でも、人生に喜びを求めるのであれば、ビニール傘よりは前原の傘を使うことで喜びが多く生まれる。ビニール傘から正直何も生まれないですからね。雨をしのぐだけです。
中野 あとはゴミが生まれるだけですね。いい傘を生活に取り入れることが、人生を豊かに生きようという心構えにつながる。その心構えがラグジュアリーなのだと思います。
——資産やお金などではなく、ラグジュアリーは物を通して得る満足感ということですね。
森岡 今年は、物質優先ではなく、精神が大切になる「風の時代」になった、などとよく言われていますね。僕は、こういういますぐ必要ではないけれど暮らしを豊かにしてくれる手間のかかるものに、もう一度光が当たる時代が来る気がします。中野さんがおっしゃったようにビニール傘はエコではないし、ものを選ぶ意味がもう一度見直されてくるのではないでしょうか。自分が必要として、納得して、大事に使っていく。そんな時代が来る気がします。
中野 AIにとって変わられない存在である、ぎりぎり人間としての矜持を保つことが“エレガンス”だと思いますが、自分自身が機械化されないようにする、最後の抵抗に近いですよね。無駄を排除し、どんどん機械的になっていく社会に対するぎりぎりの攻防。「エレガンスとは抵抗である」というようなことを様々なデザイナーが語っていますが、この傘はまさにそういう抵抗の象徴というような気がします。
——AIにはできない人間としてできる唯一のこと、それは“楽しむ”こと。これからの時代にとても必要なことだと思います。

前原光榮商店
maehara.co.jp

PROFILE

中野香織(なかの・かおり)
服飾史家・エッセイスト。母校の東京大学非常勤講師、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て服飾史家として研究・執筆・講演で活躍。2001年~2017年明治大学国際日本学部特任教授。現在、株式会社Kaori Nakano代表取締役として企業のアドバイザーを務めるほか、昭和女子大学客員教授。日本経済新聞、読売新聞ほか新聞・雑誌など連載多数、著書多数。

森岡弘(もりおか・ひろし)
ファッション・ディレクター。早稲田大学在学中より「メンズクラブ」の編集者として従事。出版社退社後、クリエイティブオフィスGLOVEを設立。アーティストから企業家まで幅広くスタイリングを手がけるほか、企業ユニフォームのデザイン、アパレルブランドのディレクション、広告ビジュアル、雑誌のファッションディレクションなど、幅広い分野で活躍。

構成/池城仁来