photo by gettyimages
# 環境

4月「気候サミット開催」で試される「バイデン・菅」ラインの友好関係

まだ日本は案が詰まっていない…

バイデンの招待に「即答」できなかったワケ

米国のバイデン政権が目玉の政策のひとつに掲げている気候変動対策がベールを脱ぎ始めた。大統領就任の初日(1月20日)に、トランプ前大統領が強行した「パリ協定」からの脱退を覆して復帰を決めたのに続き、先週水曜日(1月27日)、関係国の首脳に参加を募って4月22日に「気候変動サミット」を開くと発表したのだ。

加えて、就任初日に続き、この日も経済のグリーン化を進める複数の大統領令に署名したのだ。

バイデン大統領は、その日(日本時間では1月28日木曜日の未明)に、菅総理との初の電話による日米首脳会談に臨んだ。そして、同盟関係の強化などと並ぶ重要な協力分野として気候変動対策に言及。菅総理を4月の「気候変動サミット」に招待したのである。

photo by gettyimages
 

ところが、総理は「参加する方向で検討する」と慎重な言い回しで、即答を避けた。ホワイトハウスは、「気候変動サミット」がオンライン開催なのか、リアルの会合になるのか明かしていない。仮にリアル開催になっても、早期に訪米してバイデン政権と強固な絆を結ぶことは、菅政権の重要な課題である。

「渡りに船」のはずのバイデン政権の提案になぜ、菅総理は即答できなかったのか。EU(欧州連合)や中国の状況も踏まえ、日本の立場を考えてみたい。

まずは、気候変動問題を巡る世界と米国の対応を振り返っておこう。

この問題に国際社会が取り組むことに最初に合意したのは1992年だ。各国は国連の場で、大気中の温暖化ガスの濃度を安定化させることを目標とする「国連気候変動枠組条約」を採択。これに基づいて、1995年から毎年、COP(気候変動枠組条約締約国会議)が開催されるようになった。

最初の金字塔は、1997年に京都で開催されたCOP3で、日本が主導した京都議定書の合意である。京都議定書は、先進国に対して拘束力のある温暖化ガスの排出削減目標を設定した。各国別の削減目標は、2008年から2012年の5年間で、1990年に比べて日本が6%、アメリカが7%、EUが8%それぞれ減らすというものだった。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら

関連記事

編集部からのお知らせ!
SPONSORED

おすすめの記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/