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リベラルの限界…人類は新型コロナに「過剰適応」している

三浦瑠麗さんインタビュー(1)

新型コロナ危機、首相交代、アメリカ大統領選……激動の2020年とは一体何だったのか。そして2021年はどのような年になるのか。国際政治学者の三浦瑠麗さんが語る新型コロナ。リベラルの限界、政府の私的介入……国家は、私たちは、どうすればよいのだろうか。

三浦瑠麗さん
 

近代合理主義を信じる「リベラルの限界」

新型コロナウイルスについて考えるとき、大前提として、我々はときに人類にはいかんともしがたい自然の摂理による災いに巻き込まれるのだという認識を持たなければいけません。2020年は全人類がその自覚を持つことを迫られる年になるはずでした。

しかし、多くの人はまだその認識には到達していなさそうです。おそらく2021年から徐々にそうした言説が先進国から出てくるのではないかと思っています。

世界各国がロックダウンや強度の自粛を経験したため、経済的、社会的影響は少なくとも3~5年は続くでしょう。新型コロナウイルスが未曾有の災厄というよりも、ウイルスに対する各国の反応が非常に例外的なものだったということが言えると思います。

各国のウイルスへの対処を見ていると、人類の能力の有限性に無自覚な人があまりに多いことに驚きます。

これまで欧州や米国のリベラルは気候変動問題などへの取り組みを通じて、人類の限界を学んできました。科学技術を発展させることはできるかもしれないが、人間の能力には限界があるということ。地球を治癒不可能なまでに痛めつけてしまえば持続可能な開発や成長ができないということを学んだのが、90年代以降のリベラルであったはずです。それは、物事を自分に見える狭い範囲で「合理的」に捉えようとする態度の限界に気づく作業でもありました。

しかし、突如として「ウイルスは防げるはずだ」「被害をゼロに近づけることができるはずだ」という過剰な合理性信奉に世界中が囚われてしまいました。人類はまだ近代合理主義の幻想から抜け出すことができていないのです。

ここで言う幻想とは、社会や経済、家庭、人々の健康など様々な要素のつながりと相互作用を無視して、好きなように社会をデザインできる、という考え方を指しています。

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