新型コロナウイルスだって、いつかは人の健康に役立つ日が来るかも

ヒトもウイルスを利用して生き延びた
NHKスペシャル取材班

長期記憶や受精もウイルスの影響

胎盤以外にも私たちにとって重要な機能なのが、脳の長期記憶だ。これもウイルスに由来すると考えられている。長期記憶とは、数日から数年、あるいは一生のあいだも維持される記憶のこと。初対面の人の名前や、電話番号など一時的に覚えてもすぐに忘れてしまう短期記憶と異なり、大量の情報を蓄えられるのが特徴だ。

 

長期に記憶するのに欠かせない遺伝子のひとつが、Arcだ。Arcはウイルスを取り囲む「殻」によく似たタンパク質を作る。そのタンパク質は内部に遺伝物質(mRNA)を収め、ある神経細胞から別の神経細胞へ移動する。

Arc遺伝子が働かないようにしたマウスは長期記憶が損なわれていることから、Arc遺伝子は長期記憶に必要な働きをしていると考えられているが、このArcもウイルス由来の遺伝子である。そして興味深いことに、ウイルスが細胞に感染するのとよく似た仕組みを使って、脳では神経細胞間の情報伝達が行われているというのだ。

精子と卵子がひとつになり、新しい命を生み出す「受精」にもウイルスの働きに似たものがある。2017年に発表された3本の論文から、植物、昆虫、無脊椎動物などが受精時に使う「鍵」と、あるウイルスが細胞に侵入する際に使う「偽の鍵」の構造がそっくりであることが明らかになった。精子が卵子に融合できるのは、この「鍵」を持っているおかげなのだ。

あるウイルスとは、突然の発熱と頭痛、筋肉痛、食欲不振、腹痛を発症し、重症型では全身に出血が見られるものもあるデング熱の原因ウイルス「デングウイルス」、それから発熱などの症状のほか、妊婦が感染すると脳や頭骨が未発達の「小頭症」の子どもが生まれる確率が高くなるとされるジカ熱の原因ウイルス「ジカウイルス」である。

このことから、両者の「鍵」がもともと同じだったのではないかと考えられている。われわれ生物の祖先である初期の真核生物(細胞の中に細胞核を持つ生物)と、ウイルスの祖先が、同じ「鍵」を持っていた可能性があるのだ。ふたつの個体がDNAを交換して新しい個体を生み出す有性生殖は、ウイルスが細胞に感染する仕組みを利用して始まったのかもしれない。

ただし、「鶏が先か、卵が先か」と同じように、生物とウイルスのどちらが先に細胞に入りこむための「鍵」を持っていたのかは明らかではない。私たちの祖先が、感染したウイルスに組みこまれた遺伝子を、「鍵」の役割を果たすタンパク質(膜融合タンパク質)を作る遺伝子として活用し、受精の仕組みが生まれたと考えることもできるし、逆に、ウイルスのほうが細胞に侵入する「鍵」を拝借したと考えることもできる。ただし人間を含む脊椎動物では、この遺伝子は見つかっていない。

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