今、ウイルスの遺伝子を利用して、私たちの体はさまざまな機能を獲得してきた可能性が明らかになりつつある。
たとえば、女性が妊娠すると作られる「胎盤」も、はるか昔にウイルスからもらった遺伝子を利用して進化した可能性がわかってきている。胎盤とは、赤ちゃんの側から伸びた血管と、母親の子宮が接する部分を指し、母親のお腹の中で胎児を育むことを可能にした臓器である。
胎盤は受精卵から作られた赤ちゃんの一部であり、胎盤の中では、赤ちゃんの側から枝木のように伸びた「絨毛(じゅうもう)」が、母親の血液に浸かっている。この絨毛を通じて母親から酸素や栄養を受け取るわけだが、母親と赤ちゃんの血液が混ざり合わないよう胎盤の中で空間を分離し、母親の免疫が胎児を異物として攻撃しないような仕組みになっているのは、ウイルスの遺伝子由来と考えられているのだ。
胎盤は哺乳類特有の臓器だが、実は胎盤にもいくつかのタイプがある。ヒト、犬、猫などの真獣類は一定期間、お母さんの体の中で赤ちゃんを育てることができる胎盤を持つが、カンガルーやコアラなどの有袋類が持つ胎盤はもっと未熟である。一方、カモノハシとハリモグラからなる単孔類は母乳で子どもを育てることから哺乳類の仲間に分類されるが、胎盤を持っておらず、卵で産む。つまり、胎盤のありなしが、真獣類・有袋類と、単孔類を分けているのだ。
真獣類・有袋類が持っていて、単孔類が持っていない遺伝子のひとつが、PEG10だ。PEG10は、(まだ恐竜がいた)約1億6000万年前におそらくウイルスに感染したことで取りこまれた可能性がある。その遺伝子が哺乳類の初期の胎盤を形成したと考えられるのだ。
マウスを使った実験でPEG10を働かないようにすると、胎盤をうまく形成できないことが明らかになっている。さらにヒトを含む真獣類の胎盤では、ほかにもいくつか欠かせないウイルス由来の遺伝子が見つかっている。
お腹の中の赤ちゃんも、母体にとっては、ある意味、ウイルスと同じく異物だ。受精卵が、異物として排除されないように、母体の子宮へうまく着床するには、ウイルスが細胞に感染するのと似た仕組みが必要になったということかもしれない。