蒙古軍船と北朝鮮工作船…日本侵入の企てを造船の科学技術から読み解く

船舶設計のプロが歴史を再検証する
ノンフィクション作家・山根一眞氏と『日本史サイエンス』の著者・播田安弘氏の特別対談。第一回はこちらから。

これまでにない着眼、造船の科学技術から日本史を読み解く播田安弘さんの『日本史サイエンス』にはいたく感銘し、播田さんからは貴重な意見を多々聞くことができた。

『日本史サイエンス』で播田さんは、各種史料の記述をもとに蒙古軍の暴虐ぶりをこう書いている。

対馬・壱岐では、蒙古軍は武士のみならず島民も、赤子にいたるまで虐殺しました。とくに女性は手の甲に穴をあけ、そこに縄を通して何人も繋げて舷側に吊るし、矢除けにしたとも伝えられています。その真偽はともかく、蒙古軍の残虐さは日本国内の戦いではありえなかったもので、日本人は大きな衝撃を受けました。今でも対馬・壱岐には「モックリ(蒙古)」「コックリ(高麗)」と言うと子供が泣きやむ、という伝承が残っているといわれているほどです。

23年前に聞いた「モッコリコックリ」

山根 この蒙古と高麗の残虐性には衝撃を受けました。高麗人は蒙古の支配下にあったとはいうものの「赤子を殺し女性の手に穴をあけ吊るす」ことに躊躇もしなかったのか、朝鮮半島の歴史家に検証してほしいと思いました。

播田 対馬の守備隊は懸命に応戦しましたが全滅、壱岐も同様でした。蒙古・高麗軍は、さらに平戸や鷹島の住民も虐殺した後、10月20に博多に上陸して鎌倉武士団との交戦に入っています。平戸や鷹島には蒙古襲来に関する記録や史跡が多いので、それらも詳しく検証したいと考えています。

播田安弘さん

山根 ところで播田さん、蒙古軍の残虐性で泣く子も黙る「モックリ」「コックリ」でびっくりしたことがあるんです。

1997年1月に島根県隠岐島沖でロシア船籍のタンカー、ナホトカ号(1万3157総t)が高さ4.5mの波によって船体断裂し浸水、沈没。船首部分が強風にあおられて福井県の三国(坂井市)の海岸に漂着しました。同時にナホトカ号が積載していた1万9000kLの重油の一部も海岸に押し寄せて空前規模の重油汚染を起こしました。

当時私は、インドのヒマラヤ山麓で人喰いトラの取材をしていたんですが、この事件を知り急遽帰国し、現場入りしているんです。

播田 人喰いトラ!? いろいろなことに取り組んでますね(笑い)。

福井県三国海岸に漂着したナホトカ号と漂着重油除去作業をするボランティアの人々。
写真出典:1997年に福井県から提供された記録の一部

山根 福井県は今も交流文化顧問を任じられているように、ナホトカ号重油漂着は「福井=第二の故郷の事件」でしたから。

この現地取材で地元の長老から不思議な話を聞いた。

重油まみれになった海岸には「赤岩」と呼ぶ場所があるが、それは昔、「モッコリコックリ」が漂着し、地元民がその怪物と戦い、岩が血で染まったため、赤岩という名がついたのだ、と。長老は、クジラのような巨大海洋生物が漂着し、その血で染まったのではと説明していたが、以来、「モッコリコックリ」とは何だろうとずっと知りたいと思っていた。それが、23年目にして『日本史サイエンス』で思いがけず、1文字違いとはいえ「モックリ=蒙古」「コックリ=高麗」の記述に接したのだ。

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