〔PHOTO〕Gettyimages

河野太郎氏の「ワクチン大臣」就任…その「発信力」に不安を覚える理由

期待はしているけれど…

硬直した組織に縛られない存在

先日亡くなった歴史家、半藤一利の著書に『ノモンハンの夏』がある。この本は、ノモンハン事件という何の益もない戦争になぜ日本が突入し、泥沼化していったかについて、様々な取材を元に描かれている。

その中でひときわ印象的に描かれているのは、陸軍の軍人であり関東軍作戦参謀としてノモンハン事件に関わったキーパーソン・辻政信だ。半藤は辻を「絶対悪」と評したが、その一方で、事件を単に辻個人の責任だけとするのではなく、それを許容し、必要とした旧日本軍の官僚組織の問題として指摘している。

「こうもいえるのではあるまいか。辻という軍人は、個人の行動で局面を動かせる場合には、縦横無尽の働きができる男であったけれど、ひとたび組織というものの力に頼らねばならないときは、ほとんど疎外されることが多い。そのときにこそ服部(卓四郎)が必要なのであると。そしてその逆が、官僚的軍人服部における斬りこみ隊長の存在であったのではないかと」

半藤がここで言おうとしているのは、日本軍が「組織の論理」によって硬直化した時、辻のような強烈な個人が必要とされた、ということである。そして同じような問題は、戦前日本の組織で起きていただけではなく、戦後の日本でも起きてきたと言えるのではないか。

 

日本の組織は「組織の論理」に絡め取られると、慣性や惰性に身を委ね、合理性を見失い、硬直化し、身動きができなくなる。そういう時に必要とされるのが、個人の論理で動く一匹狼であり、トリックスターである。

組織の論理から自由な人間が、硬直化した組織を解きほぐすこともあれば、空回りしたあげく無理難題を押し付けて現場を壊してしまうこともある。

今回ワクチン担当の大臣に就任した河野太郎氏はまさに、「組織の論理」の外で動くことを期待されて就任したのではないか。

〔PHOTO〕Gettyimages
編集部からのお知らせ!

関連記事