あなたの子があなたに似ているのは、DNAの塩基配列のためだけじゃないかも!?

獲得形質も遺伝するけど用不用ではない
更科 功 プロフィール

なぜいろいろな細胞に分化するのか

私たちの一生は、受精卵というたった1つの細胞から始まる。この受精卵が分裂して、数がどんどん増えていって、ついには約40兆個の細胞から成る人間の大人になるわけだ。

しかし、細胞分裂によって増えるのは細胞の数だけではない。細胞の種類も増えていく。最初は受精卵というたった1種類の細胞だったが、細胞分裂をしていくうちに、いろいろな種類の細胞へと分化していく。そして最終的には、約260種類の細胞にまで分化するのである。

たとえば、受精卵が神経細胞と筋細胞に分化したとしよう。この神経細胞と筋細胞は、同じ受精卵からDNAを受け継いでいるので、DNAの塩基配列はまったく同じである。それなのに、なぜ別の種類の細胞になったのだろうか。それは塩基配列以外の情報、つまりエピジェネティクスが変化したからである。

具体的なエピジェネティクスとしては、DNAの修飾(構造の化学的変化)とタンパク質の修飾などがある。もっとも有名なエピジェネティクスは、DNAのメチル化である。

DNAにはシトシン、チミン、アデニン、グアニンという4種類の塩基が含まれるが、その中のシトシン(生物によってはアデニン)には、ある条件の下ではメチル基(-CH3)が付加されることがある。この、シトシンにメチル基が付加されることを、DNAのメチル化という。DNAのメチル化が進むと遺伝子は不活化される、つまり遺伝子からタンパク質が作られなくなることが知られている。

【図】シトシンのメチル化シトシンのメチル化

受精卵から成体に至る発生過程において、エピジェネティクスは変化するけれど、つねに変化し続けているわけではない。基本的には、細胞が分化する時期には変化するが、分化が終わった後は、細胞が分裂しても変化しない。

このように、エピジェネティクスは、細胞分裂を超えて受け継がれることがある。それでは、世代を超えて受け継がれることもあるだろうか。この問いは重要である。なぜなら、もしも世代を超えて受け継がれるのであれば、それは進化の要因になり得るからだ。

エピジェネティクスは遺伝する

精子と卵が受精すると、受精卵という1つの細胞になる。しかし、この段階の受精卵には、まだ精子に由来する核(雄性前核)と卵に由来する核(雌性前核)が、別々に残っている。つまり、核が2つ存在しているのである。

【図】雄性前核と雌性前核がある段階の受精卵雄性前核と雌性前核がある段階の受精卵(参考:ムーア「人体発生学」)

これらの前核に関する興味深い実験がある。核移植によって、これらの前核を入れ替えてみたのである。受精卵には雄性前核と雌性前核があるが、そのうちの雄性前核だけを抜いて、他の受精卵の雄性前核を移植すると、受精卵は正常に発生した。たとえ他の受精卵から移植した雄性前核であっても、とにかく雄性前核と雌性前核が揃っていれば、受精卵は発生できるようだ。

【図】雄性前核どうしの置き換え雌性前核と雄性前核を有する段階の受精卵のうち、雄性前核を別の受精卵のものに置き換えても発生は進んだ

一方、受精卵から雄性前核を抜いて、他の受精卵の雌性前核を移植すると、受精卵は正常に発生しなかった。やはり、雄性前核と雌性前核が揃っていないと、たとえ雌性前核が2つあっても、発生はできないらしい。なお、雄性前核と雌性前核の組み合わせを逆にして実験を行っても、同様の結果となった。

【図】雄性前核だけ、雌性前核だけは発生しない雌性前核を別の受精卵の雄性前核に置き換えた場合、雄性前核を別の受精卵の雌性前核に置き換えた場合は、発生が進まなかった

つまり受精卵は、雄性前核と雌性前核が両方ないと、正常に発生できないのだ。雄性前核が2つあってもダメだし、雌性前核が2つあってもダメなのだ。

でも、どうしてだろう。DNAの塩基配列の情報という観点から考えれば、雄性前核が2つでも、雌性前核が2つでも、雄性前核と雌性前核が1つずつでも、同じはずである。それなのに、雄性前核と雌性前核が両方ないと正常に発生できないということは、雄性前核も雌性前核も塩基配列以外の情報を持っており、そこに違いがあるということだろう。つまり、エピジェネティックな違いがあるということだ。

この予想が正しかったことが、現在では確認されている。一部の遺伝子では、雄性前核と雌性前核で、DNAのメチル化のパターンが異なっていたのである。このような遺伝子をゲノムインプリンティング遺伝子といい、哺乳類で100個ほどが同定されている。

ゲノムインプリンティング遺伝子では、片方の親からきた遺伝子がメチル化されているため、その遺伝子は発現できない。つまり、その遺伝子を発現させようと思ったら、もう一方の親から来た遺伝子を発現させるしかない。

【図】ゲノムインプリンティング遺伝子の働きゲノムインプリンティング遺伝子の働き

ゲノムインプリンティング遺伝子では、父方の遺伝子がメチル化されている場合も、母方の遺伝子がメチル化されている場合もある。したがって、発現できる遺伝子をすべて揃えるためには、両親からDNAを受け継がなければならない。そのため、ゲノムインプリンティングという現象には、単為発生(卵が受精することなく単独で発生すること)を防いでいる可能性がある。

受精する前の精子と卵のDNAは、かなりメチル化されているが、受精直後に両者のDNAのメチル化は、ほとんど消去される。しかし、一部の遺伝子では、DNAのメチル化が消去されずに保存され、これが雄性前核と雌性前核の違いとなる。そして、その後の細胞分裂においても、このメチル化のパターンが維持されていくのである。つまり、一部のエピジェネティクスは、世代を超えて受け継がれるということだ。

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