バイデン政権でも米中対立は不変!日本のふるまい方を地政学で考える

「ボスの取り巻き」という立場の悲哀
ペドロ・バーニョス プロフィール

国家は「支配者国家」と「被支配者国家」に分かれる

「強者は望むことを行い、弱者は強者の横暴に苦しむ」古代アテネの歴史家トゥーキュディデースはこう述べた。世界にはいくつもの強国が存在するが、世界の意思決定における影響力は国家によって異なる。

 

国家は、基本的に2つの種類に分けられる。支配者国家と被支配者国家だ。支配国は、地域規模、または世界規模でその支配力を行使する。被支配国はおおむね直接的に支配され、さまざまな形(軍事、経済、文化、科学技術等)で服従し、否応なしに、ときにはあきらめをもってその状態を受け入れる。必要であれば、相手は重要国だから、または手ごわい国だからという理由で、より強大な権力を持つ国の属国となることもある。

理由はどうあれ、自身が強大であると感じていない国々――核兵器を備えているかどうかが、そのはっきりとした分かれ目となる――は、少なくとも理論上は安全と特権を保障してくれる強大国の傘下に入ろうとする。核の力がそうさせるのであり、純粋な戦略的手段ということでいえば、国連安全保障理事会(UNSC)の常任理事国も国際的制裁の対象と仮定された国を支配下に置いている。

そもそも自らは地域的・国際的に十分な影響力や支配力を備えていないと考えている国は、地政学的影響力を得るために他国と連携する。その理由については、ビスマルクの次の言葉が端的に表している。「自分たちだけで祖国も利益も守れると考えて完全に孤立する民族はやがて、他国の影響力に圧倒されて消滅するだろう」そうした連携が行われると、従属する立場にある国家は、たとえ世界的に見れば中程度の勢力があったとしても、連携した巨大勢力によって自国の利益とはまったく関係のない戦闘行為に引き入れられてしまう恐れもある。その結果、守るべき自国の利益など何もない遠隔地に自国の軍隊を派遣しなければならなくなる。

一方、目下の統治者に気に入られることばかり考えている理論家はつねにいるもので、そういった連中が後付けで、その戦闘は「先制防衛」だったとか、世界規模の危機には孤立無援で取り組めないとか、(あたかもその地域だけが人権侵害されているかのように)人権擁護のためだったとか、あるいは民主主義を普及させるためだったなどといって、軍隊派遣を正当化してくれる。結局、こうした「傭兵派遣国家」が手に入れたのはまったく必然性のない新たな敵だけだったということも少なくない。

たとえば、自国の領土がテロに襲撃される――遠方の派遣先で、戦術にテロリズムを含むような集団と対立したり、そうした集団になんらかのダメージを与えたりした場合にはよく起こることだ――というシナリオから、目的が曖昧な軍事遠征を行ったことに対して自国民の支持が得られず社会騒乱となり、ひいては軍隊派遣の責任者であった政府の転覆につながるシナリオまでが考えられる。

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