バイデン政権でも米中対立は不変!日本のふるまい方を地政学で考える

「ボスの取り巻き」という立場の悲哀
ペドロ・バーニョス プロフィール

同盟関係も敵対関係も利害が違えばすぐに変わる

国際政治ほど偽善的で残酷なものはない。各国は自国の利益だけを考えて政策を練り、それを実施する。だが、利害関係はうつろいやすく、つねに変化する。しかも、ある国にとっての利益は、他の国々にとってはほとんど、いやまったくといっていいほど関係がないものだ。

 

国内に目を向けてみると、国内政治もまた無慈悲で近親憎悪的であり、政治的ライバルに対してはまったく敬意が払われない。政治家たちは、相手の力を削ぎ、相手を権力の座から追い落として自分がそのポストに就くためであれば、どんな手でも使おうとする。それでもなお、どんなに異なる主張を唱えようが、政治家集団というものが追い求めるのは、共通の目的、共通の利益、すなわち「国民と国家の幸福」であるはずだ。違うのは、集団の利益や幸福を解釈する際のアプローチだけである。

ところが地政学の舞台である国際領域においては、野蛮な行為を思いとどまらせることができる共通目的など存在しない。少なくとも永続的な共通目的はなく、国同士を結びつけるわずかな絆を保つのは難しい。利害が共通すると思われたとしても、それはあくまで一時的なものだ。同盟や友好関係はもとより、敵対関係ですらつねに矛盾をはらみ、驚くほどの速さで関係が変わっていく。つねに競争が存在し、各国は、あちらこちらに働きかけては自己の利益を最優先させるための突破口を開こうと躍起になっている。

気候変動のように、どんな国にも共通する問題への取り組みですら、現実には、各国の関係を深めるのに役立ってはいない。なぜなら、現代の特異な環境においてさえ、各国は自己の利益しか見ていないからだ。

さらにいうと、国家が強大であればあるほど、他国の要求については配慮しなくなる。馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、地球外生物の侵略といった脅威でもなければ、各国が手に手をとって人類全体の利益のために行動することはできないのかもしれない。これまでどの国も、直接的にせよ間接的にせよ他国に害をおよぼすかもしれないとはっきりわかっているときでさえ、自国だけを見て、自国の利益のために行動してきた。そういう状況はこれからも続くだろう。

強者が支配し、方向づけ、ルールを決めてきた国際関係とは、「高度の偽善」にもとづくものである。軍事史を専門とする歴史家マイケル・ハワードはこの偽善を次のように表現している。「平和維持について最大の関心を示す国こそが、往々にしてもっとも多くの兵器を備えている」

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