タコツボ化する専門家たち
佐倉 「外側の世界から見ることの難しさ」に関しては、東京オリンピックのエンブレム問題の際にも、強く感じました。盗作じゃないかと非難されてコンペをやり直したとき、私の周囲のデザイナーのなかには「似てはいるけど、デザインの作り方が違うから盗作とは言えない」と指摘する人もいました。見る人によって、盗作だという人とそうではないという人がいて、専門家の判断を一般の人に伝えるのは至難の業だな、と。
朱戸 オリンピックについて言えば、スタジアムでもコンペのやり直しがありましたね。特に、最初のデザインがどう決まったのか、そのプロセスが見えにくいところがありました。公共のものをつくる際に、専門家の価値観だけで決めても「批判は受けないだろう」と思い込んでいるところには、タコツボ化している証拠だなと感じましたね。
佐倉 プロセスをきちんと透明化することが必要ですよね。スタジアムの話が出ましたが、建築科を出られた朱戸さんが、建築の世界で生きることを選ばなかった理由はなんですか?
朱戸 建築は特に社会的な仕事なので、もっと社会と身近な存在でないといけないんじゃないかと思います。ところが、実際にはちょっとふしぎな分野で、建物って完成する前にユーザーがお金を払うか決定しますよね。他のどんな製品でも、漫画や本のような著作物でも、ユーザーはできあがったものに対してお金を払う。建築に関しては、作品の作り手とユーザーとの関係が、私にはあまりしっくりこなかったんです。
佐倉 なるほど。

バカにできない視点
朱戸 専門家がタコツボ化しているという話に戻せば、きっと科学技術についても同じだと思うんですけど、単なる人気投票でもいけないと思うし、「橋を架ける」のは大変ですよね。
佐倉 人気投票をしてしまうと、テレビの視聴率競争と同じで、どこを見ても同じような番組になってしまいかねないですからね。前編で漫画について申し上げたように、ここでも「多様な評価軸」が必要ですね。
朱戸 漫画に関しては、編集者が重要なポジションにいると思います。描き手と読み手をうまくつないでくれる。全体で見ると、作家性と大衆性のバランスを取る役割を果たしてくれます。
佐倉 編集者が「はしかけさん」の役目をするわけですね。
朱戸 はい。「面白さ」というのはあくまで主観的なものですから、数値化もできないし、定式化もできません。編集者とプロットやネームのやり取りを何度もして、まずはその人が面白がってくれるポイントを探ります。自分だけの価値観で判断してしまうと、ストーリーが広がっていかないんですよ。

佐倉 同じことを、本を書くときに感じました。書き手本人が書きたいということの作家性は大事なんだけれど、それだけで論じると片面しか見ていない気がするんですよね。
朱戸 エンターテインメントであることは、すごく意識しています。面白いエンタメにしていかないとダメだと、自分に言い聞かせて描いています。正しいことを言えば誰もが聞いてくれると思いがちですけど、そんなことはまったくない。さまざまな問題があるにしても、トランプ氏が注目されたのは、まずはやっぱり行動がメチャクチャ面白かったから。そのこと自体は決してバカにしてはいけない視点で、面白いことは重要なんです。
今後も倫理観はもちつつ、面白い漫画を描いていきたいと思います。
佐倉 次回作も楽しみにしています!

前編「パンデミックを予見した漫画家が驚くほどのリアルさを実現できた理由」はこちらから
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