パンデミックを予見した漫画家が驚くほどのリアルさを実現できた理由

「物語と科学のあいだ」に橋を架ける
朱戸 アオ,佐倉 統 プロフィール

「橋を架ける」仕事

朱戸 私の単行本の初版部数は多くはないんです。それでも描かないかと声をかけてくれる編集者はスゴイ(笑)。『リウーを待ちながら』のように、時間をかけて重版がかかるような漫画は珍しいと思います。

佐倉 まさに多様な表現が求められている、ということですよね。

朱戸 もちろんヒット作を描きたくないわけではないんですが(笑)、ついついマジメに描いてしまうところがあって。「エンターテインメント」と「描きたいこと」のバランスをうまく取れるように、もっと精進したいと思います。佐倉さんが『科学とはなにか』のなかで「はしかけさん」と表現されていたように、私の漫画を読んでくれた人が少しでも科学に興味をもってくれるようになったら、嬉しいなと思いますね。

佐倉 「はしかけさん」というのは、滋賀県立琵琶湖博物館がサイエンスコミュニケーターのことをそう呼んでいて、科学と社会とのあいだに「橋を架ける」という意味で使っているんです。もともとはその土地の言葉で、「男女の仲を取り持つ人」を意味するのだそうですが、いい用語なので、ぼくも使っています。

【写真】琵琶湖博物館滋賀県立琵琶湖博物館。ここでは、科学と社会とのあいだに「橋を架ける」という意味から、サイエンスコミュニケーターのことを「はしかけさん」と呼んでいる photo by GETAGETA

朱戸 いい言葉ですよね。『インハンド』がドラマ化されたとき、ご覧くださった方が、その影響で「寄生虫博物館に行きました」なんてツイートしてくださったりしているのを読むと、ほんとうに嬉しくなりました。

佐倉 まさに「はしかけさん」ですね。

朱戸 知識を増やしていくと、雪だるま式に面白くなってくる瞬間がありますよね。私自身、漫画家になって初めて気づいたことですが、「知識が知識を呼ぶ」という感じで、作品づくりのために参考資料を読みはじめると面白くて止まらなくなることがあるんです。漫画を描くためじゃなければ、きっとこんなに勉強しなかったと思うんですが……(苦笑)。

「答えがわからない」面白さ

佐倉 漫画を描きはじめたのは学生時代からですか?

朱戸 いえ、わりと早いうちから描いていました。NHK以外はテレビを見せてくれないような厳しい家庭で育ったのですが、宮崎駿ならいいだろうと『風の谷のナウシカ』のコミックスを買ってくれたんです。そこから漫画にハマって、新刊が出る前に自分で『ナウシカ』の続きを描いているような子供でした。

【写真】朱戸さん、漫画のきっかけは?「『ナウシカ』にハマって、新刊が出る前に続きを描いているような子供でした」と語る朱戸さん

佐倉 『リウーを待ちながら』にしても『インハンド』にしても、膨大な資料を渉猟(しょうりょう)して描かれていますよね。そういう作品づくりはいつから始められたのですか?

朱戸 現在のようなスタイルになったのは、2011年に刊行した『Final Phase』からです。それ以前は、自分の身のまわりのことばかり描いていました。

取材して描くようになってからは、コツコツ調べていくことがどんどん面白くなっていきました。科学をベースにした話を調べていくと、なにやら難しげな「ひも理論」の本なども読むようになって、そこで衝撃的だったのは、科学者は「答えがわからないもの」を研究しているという事実でした。

佐倉 学校で習ってきたことには、基本的に「答え」がありますからね。

朱戸 ええ。でも、科学の教科書に書いてあることはある意味「古典」であって、日々の研究の積み重ねによって、そこからつねに進んでいるんだということに初めて気がついたんです。答えのわからないことを一生懸命研究しているというのは、すごくロマンがあるな、と。

佐倉 学校教育においても、正解があるものだけじゃなくて、自分に必要な知識を見つける方法を涵養(かんよう)するような場があったほうがいいんですけどね。

大学の図書館に置ける漫画、置けない漫画

佐倉 ずいぶん前の話ですが、ある大学で非常勤講師をしていた頃に、人類学一般を教える講義の参考図書に岩明均さんの『寄生獣』を入れたので、そこの図書館に置いてくださいと頼んだら、教授会で否決されたことがあります。漫画を大学の図書館には置けません、と。

朱戸 漫画は、すごく下世話なものからしっかりしたものまで、幅広く存在するのが魅力なので、「大学から排除される」ことがあってもいいとは思います。教育現場から叱られるようなものまで含めて、漫画の魅力と言っていいんじゃないでしょうか。

逆に、漫画業界に国のお金が入ってくるような状況は良くないと思っています。ちょっとゲスなくらいの漫画もないと、漫画の存在価値がなくなります。でも、私の漫画は教材として買っていただいて大丈夫ですよ(笑)。

佐倉 なるほど。アングラだからこそ、漫画は魅力的だと。漫画を無条件に礼賛するのは逆に危険か(笑)。

続きは後編へ。後編はこちらから!

朱戸アオさんの作品と佐倉統さんの作品

リウーを待ちながら

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インハンド

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科学とはなにか

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