パンデミックを予見した漫画家が驚くほどのリアルさを実現できた理由

「物語と科学のあいだ」に橋を架ける
朱戸 アオ,佐倉 統 プロフィール

論文を漫画で書いたら…?

佐倉 科学に限らず、言葉による「思考」というのは一本の線を描くように流れます。文章の場合は、書き手が示す一本の線を読み手にも強要していくことになる。この特徴は、論理を展開するうえでは強みでもありますが、同時に、文章表現の限界でもあると感じています。動画も含めてさまざまな表現が可能になっているなかで、一本の線で文章を書くだけで表現すること、さらにそれを読者に理解してもらうことの限界ですね。

たとえば、生命科学の実験手法がきわめて複雑になっているのに、果たして文章だけでその細かな違いを表現できるのか。論文を文章だけで伝えること自体が、媒体としての限界にきているんじゃないか、と。分野によっては学会にビデオ・セッションがあったりしますが、まだ主流ではありません。

朱戸 なるほど。たとえば実験手法の説明にしても、実際の手順のようすを動画で見せてもらったほうが、一目瞭然でわかりやすいですよね。

佐倉 そうなんです。生命科学以外の分野の論文にしても、文章や図だけじゃなくて、もっと別の表現方法がないか模索してもいいんじゃないか。その際に、漫画という表現手法には大きな可能性がひそんでいるのではないかと考えているんです。漫画は物語を絵で表現して、何度でもコマを戻って見ることができ、論理的なところは文字を使って表現することもできる。文章表現と絵画的表現双方の利点をもった複合的な表現媒体だと思います。

漫画の強み

朱戸 漫画のメリットの1つに、「制作費が安価である」という点があります。『インハンド』がドラマ化されたときに撮影現場で感じたのは、ワンカットを撮るだけでものすごい労力とお金がかかるということでした。

研究室なら研究室のセットを組んで、実験装置を実際に用意して……、リアルに再現するために莫大なコストがかけられています。本当に頭が下がりました。一方、漫画はどんなに高価な研究器具や実験装置も、作者が描けばいいので。

【作品画像】インハンド紐倉の実験室"すごい"研究室もペン先一つで描き出せる!(『インハンド プロローグ』©朱戸 アオ)

佐倉 ぼくは1960年生まれで、物心ついたころから『少年サンデー』や『少年マガジン』などを読みふけって育ちました。当時の漫画は漢字にすべてフリガナがふってあって、漫画を通して、いろんな漢字が読めるようになった。カギ括弧の使い方も漫画で覚えました。会話だけじゃなく、固有名詞にも「 」をつけて使うんだ、とか(笑)。

朱戸 漫画はいわゆる大衆芸術ですから、前提知識をまったくもたない人でもすぐに読んで楽しめるようにつくる必要があります。いちいち台詞を読まなくても、絵を追っていくだけでそれなりにストーリーを追えるように意識しています。一方で、失敗するとすぐに連載を打ち切られる(笑)。そういう緊張感のあるところでやっているのが面白いんですよね。

佐倉 全然バックグラウンドのない人でもすぐに読める漫画はすごいなと思います。ぼくは漫画の多様性にも注目していて、すごくヒットする作品もあっていいけど、それほど読者数は多くなくても読んだ人に深い感銘を与えるような漫画も必要だと思うんです。他の多くの表現媒体と同じで、多様な評価軸が必要ですよね。

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