パンデミックを予見した漫画家が驚くほどのリアルさを実現できた理由

「物語と科学のあいだ」に橋を架ける
朱戸 アオ,佐倉 統 プロフィール

「わかりやすい答え」に逃げない

朱戸 『科学とはなにか』に書かれている「攻めの中庸(ちゅうよう)」という言葉に、とても共感しました。人はどうしても「わかりやすい答え」に走りがちですが、私の漫画はクリアな正解を打ち出すというよりは、どこかモゴモゴした結論になりがちなんです。でも、それが誠実な態度だと考えています。医術の部分では解決法があるので、そうではないところを描きたい。

佐倉 「攻めの中庸」はぼく自身、とても気に入っているフレーズなので、嬉しいです。ぼくは、科学と社会、専門家と非専門家=すなわち一般の人々の関係性について探究しています。科学者は専門家の枠組みのなかだけで考え、一方で一般人は、たとえば原発事故が起こると一気に反原発を唱えたりしますよね。

朱戸 どうしても極端に振れがちですね。

佐倉 ぼくは、このどちらに対しても共感や支持ができないです。どちらの姿勢も生産的ではないと思えるので。選ぶべきは、やはり中庸の道しかないと思っています。受け身で選ぶ中庸ではなく、攻めの中庸。

【写真】佐倉 統さん「攻めの中庸が大事」という佐倉 統さん
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朱戸 極端は良くないですね。両極端な考えのあいだ、キメラのような立場から、「こんな考え方もあるよ」というメッセージを発していきたいですね。

「フィクション」の強み

佐倉 今の時代は、アイツが悪いとかコレが悪いと、白黒つけるやり方が流行っていて、それがさまざまな「分断」につながっています。皮肉にも、よかれと思ってやっていることが、あちこちで分断を引き起こしている面もある。こういう問題に対処するには、1つの解決策ですべてうまくいくわけではないし、少しずつやっていくしかありません。

朱戸 「コツコツ、誠実に」、ですね。

佐倉 ええ。朱戸さんの作品では、そのあたりがうまく描かれていると感じています。感染症の話でも、これといった解決策がないために、主要登場人物の一人が亡くなったりする場面があります。逆に言えば、そこに共感する人がいるということではないでしょうか。

朱戸 仰るとおりで、その点こそが「物語(フィクション)」にする強みだと思っています。物語のなかでは"他人"になれるので、キャラクターにしっかり感情移入してもらうことができれば、自分と考え方の違う人に対しても「気持ちは理解できる」といった部分を描くことができますから。

【作品画像】主要人物の死キャラクターにしっかり感情移入してもらうことができれば、考え方の違う人に対しても共感できる場面が描ける(『リウーを待ちながら』©朱戸 アオ)

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