©朱戸 アオ

パンデミックを予見した漫画家が驚くほどのリアルさを実現できた理由

「物語と科学のあいだ」に橋を架ける

新型コロナウイルスによるパンデミックが本格化しはじめた2020年春、1つの漫画作品に大きな注目が集まりました。

朱戸アオさんの『リウーを待ちながら』です。ある地方都市で起こった感染症のアウトブレイクと闘う医師たちの物語は、あたかもコロナ禍を予言したかのようなリアルさで、多くの読者に驚愕をもって迎えられました。

先ごろ『科学とはなにか』を上梓した佐倉統さんもその一人。

驚くほどの正確さで非常事態を予見した作品はいかに描かれたのか。フィクションとサイエンスを結ぶ接点を探るスリリングな対談が実現しました!

(構成/中川隆夫)

「科学を描く」漫画の強み

佐倉 昨年、新型コロナウイルス禍が広まりつつあった時期に、カミュの『ペスト』など、感染症関連の本を書評エッセイのために探しているなかで、朱戸さんの『リウーを待ちながら』を手に取りました。

感染症で封鎖された街を舞台に、人々が危機を生き抜く物語ですが、2017年に刊行された作品にもかかわらず、「緊急事態宣言」や「濃厚接触」など、2020年の春以降にひんぱんに使われはじめた用語がたくさん登場します。ものすごくリアリティのある世界を描かれていて、圧倒されました。

朱戸 ありがとうございます。感染症に関連する本や法律を読み込んで創造した世界ですが、昨春以降、次々に現実化して自分でも驚きました。でも、私たちの日々の暮らしがどう変わるかといった面では、想像が及んでいなかった部分もたくさんあります。イメージしていた世界を現実が超えていったところもありますね。

【写真】朱戸アオさん朱戸アオさん

佐倉 なるほど。でも、コンビニの店頭が品薄になるシーンなどには、膝を打ちましたよ。感染症の犠牲になった人たちを仮埋葬する場面も印象に残っています。

朱戸 仮埋葬の場面については、東日本大震災のことを描いたルポなども参考に、作画しました。ただ、欧米で死者数が急増した際に、ニュースで流れた実際の共同墓地への埋葬の映像を見たときには、こんなにもたくさんの人が…、と声を失いましたね。

佐倉 『リウーを待ちながら』からは、科学と社会、あるいは科学と私たち生活者との関係を考えるうえでの、表現媒体としての漫画の強みについても体感しました。小説とも映画とも違う、漫画ならではの表現技法や力強さは、科学コミュニケーションを考えるうえでもとても大事だと思っています。

「限界に直面する人間」を描く

朱戸 今回、佐倉さんの新刊『科学とはなにか』を読ませていただきました。科学におけるビッグヒストリーのような趣きで、すごく面白かったです。一般社会と科学者のコミュニケーションの問題について書かれていながら、科学史全体を俯瞰してあって、個人的にも勉強になりました。

佐倉 『リウーを待ちながら』も最新作の『インハンド』も医療系の作品ですが、科学と医療では少し違う面があると思います。極端に言えば、"医術"というのは、科学がなくても患者を治してしまえばいいという側面がある。朱戸さんは、医療のなかでも科学寄りの世界を描かれていますね。

朱戸 手術室でゴッドハンドをもつ医者が病気を治してハッピーエンド、といったストーリーがあまり好みじゃなくて……(笑)。医療の現場でうまくいかない場面で、人間はどうふるまい、動いていくのか、そういったことに関心をもっています。

【作品画像】リウーを待ちながら医療の現場でうまくいかないとき、人間はどうふるまい、どう動くのか(『リウーを待ちながら』©朱戸 アオ)

佐倉 『リウーを待ちながら』でも、刻々と変化する状況に翻弄される医師たちの姿が描かれていますよね。

朱戸 はい。『リウーを待ちながら』のように、感染症で都市封鎖される世界などを描いていくと、どうしても暗い話になります。そういうときに、「これが正解だ」というものを提示するよりは、どうにもならない現場で、人間が限界に向かってコツコツ挑んでいく姿を描きたい。私の場合、根底に「人間の限界」に対する興味があって、その点を描いていきたいと考えているんです。

佐倉 『インハンド』にも共通する部分ですよね。拝読していてよく伝わってきます。

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