正しくないものを絶対許さない人々と国家…これは「日本の近未来」なのか

桐野夏生さんインタビュー
石戸 諭 プロフィール

このままでは書けるものが減っていく

『日没』の世界は、相当に息苦しい。一方で現実はどうか。作品が翻訳されることも多い桐野はやはり懸念を示す。

《行き過ぎたポリティカルコレクトネスは作家を縛ることになります。私はもっと自由に書いたほうがいいと思いますが、この表現はダメという規制は日本よりも、海外のほうが厳しいのです。海外でも作品を出したいという作家は、初めから書かないもの、書けないものがでてきてしまうでしょうね。

小説は本来、何を書いても自由なはずです。作家が自分たちで、表現の幅を狭めるようことをしてはいけないと考えています。幅を狭めたところから生まれる小説は、つるつるとしていて傷がない球体のような作品ばかり、そして正しいものばかりになるでしょう。それは、作家が正しいことしか言えなくなる時代を自ら招いてしまっているとも言えるのです。エンタメ小説だろうが、純文学だろうがそこは変わりませんよね。

最近では、ヤクザが登場する小説に対して「反社会的勢力が登場人物と出てくる小説は文学賞にふさわしくない」と考える人もいます。私は唖然としました。こうやって書けるものが減っていくのではないか、と思うのです。》

 

アメリカでは2018年に、『大草原の小さな家』で知られるローラ・インガルス・ワイルダーの名前を児童書文学賞から削るという“事件”があった。その理由は、ワイルダーの作品に差別的な表現があるというものだ。

《そういう動きは気になります。確かに『大草原の小さな家』を読めば、先住民族への差別はあります。しかし、今の時代の価値観で文学賞から名前を削れば問題は解決するのでしょうか。

これまでの日本文学では女性差別的な作品が名作と呼ばれてきましたが、そうした作品を「女性差別がある」と断罪して、捨て去れば、日本の女性差別は無くなるのでしょうか。決してそんなことはありません。

むしろ、問題に蓋をしてなかったことにしている。これは歴史修正主義にもつながりかねない流れです。当時の限界として読み、そして残すべきではないでしょうか。

差別は今の社会に残っている問題です。今の風潮は、困難な現実はちゃんと存在しているのに、小説の中では消していこうという流れを推し進めるのではないか。私にはそう見えますね。》

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