『日没』著者の桐野夏生さん(撮影:林直幸)

正しくないものを絶対許さない人々と国家…これは「日本の近未来」なのか

桐野夏生さんインタビュー

桐野夏生の新作『日没』は、時代と激しく摩擦する一冊である。舞台はおそらく近未来の表現が「不自由」になってしまった日本、主人公は女性エンタメ作家、彼女が「総務省文化局・文化文芸倫理向上委員会」(ブンリン)から召喚状を受け、携帯電話すら通じない作家収容所に入れられ“療養”が始まる……。

それだけを記すと、権力との対峙を描いた社会派小説だと思うかもしれない。しかし、この小説の真価は「対峙」にはない。全篇を通して鋭く問われるのは、誰が表現を不自由にしていくのか、誰が、綺麗で、正しく、美しい言葉だけが広がる社会を欲望しているのか、である。果たして、その答えは――。

現実が小説に追いついてきた

《最初に作家の収容所という構想を思いつきました。そこから収容所や全体主義を描いた小説を読んだり、資料を集めたりしていました。連載は2016年から始まりましたが、そのときから時代に追いつかれているかもしれないと思ったんですね。

私はディティールが成り立っている小説の方がおもしろいと考えています。自分が見てきたように嘘をつくために、収容所の設定は相当に気をつかいました。編集者も協力してくれて、療養所の地形や平面図まで作り、どこから日が昇っているのか、どの部屋がどこにあるのか、というところまで決めました。

フィクションは、現実を凌駕したものでないといけない。それなのに、連載を始めているうちに現実が小説に追いついてくる感覚がありました。

私の世代はまだ戦争をテーマにした物語や日記を読むことが多かったので、自分がいわれのないところで、弾圧されることに対する恐怖があるんです。》

 

ポイントは「いわれのないところ」にある。主人公の作家、マッツ夢井は作品のなかの性描写において、性暴力や犯罪を肯定するかのように描くこと、そして「子供を性対象にする男」を登場させた、と読者から告発を受ける。社会的に正しくない人物を彼女は小説の中で描いた。

ブンリンの役人である多田は読者の告発と、ヘイトスピーチ法を根拠にあらゆる表現の中に表れる性差別規制をしていると語る。国家は主体的な判断を何もしていない。最初に告発するのは読者であり、彼らはそれを元に動いている。

読者はおそらく、事の重大さを認識していないし、多田たちもまた主体的な判断はしていない。彼らに明確な判断も、悪意もない。誰もが気軽に作家の言葉を問題視している。

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