「鬼畜の犯行」なのか? 野田市小4虐待死事件から2年、加害者家族が語る「心愛さんへの想い」

阿部 恭子 プロフィール

判決が確定し受刑者となると、受刑者と面会できる人物や回数はかなり制限される事情もあり、事件を継続して取材する記者もほとんどいなくなる。

ところが重大な事実がその後明らかになるケースは決して稀ではない。加害者は、いつか必ず社会に戻ってくる。社会が事件の幕引きを図っても、家族にとって事件が終わるわけではない。

〔PHOTO〕iStock

裁判員裁判の被告席で、無表情に前を見つめることが多かった栗原被告だが、家族の証言の際には涙を堪え切れず、家族への感謝の言葉も述べていた。経済的に恵まれており、暴力を受けて育ったわけではない。学校でいじめられていたという話も出てきてはいない。

一体、いつどこで、家族も知らない残忍な面が育ってしまったのか、未だに腑に落ちない点は多々残っている。本件は、「鬼畜の犯行」と呼んで片づけられるほど単純な事件ではない。

多くの人は、加害者の言葉など聞きたくはないと思うだろう。本件で、被告が控訴したことについても批判が集まった。加害者は言い訳をせず、ただ謝罪の言葉だけ述べればよいと考えるかもしれない。

しかし、時に耳を塞ぎたくなるような加害者の言葉を聞くことなしに事件を解明することはできないはずだ。私たちは、被害者に同情するだけではなく、心愛さんが向き合わなければならなかった被告の加害性とも向き合う必要があるのではないだろうか。

一体、いつどこで、何が彼を残酷な行為に駆り立てたのか、腑に落ちない点は多々残っている。筆者は、「鬼畜の犯行」と呼んで片づけられるほど単純な事件ではないと考えている。

心愛さんが亡くなる3ヵ月前に学校で書いた「自分への手紙」には、「未来のあなたを見たいです。あきらめないでください」としっかりとしたきれいな字で書かれており、忘れられない言葉として胸に刻まれている。

栗原心愛さんのご冥福を心からお祈りします。

 
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