東京から京都に移り住んだジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、秋尾さんを京都の師とあおぐ東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」。京都に暮らしてわかった様々な学びをお伝えする本連載、今回は「節分」についてお届けする。

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「節分」の本当の意味

今年の節分は2月2日。例年より1日早まるのは明治以来124年ぶりという。地球が太陽の地球が太陽を1周する時間は365日より長い。4年に1度閏年として2月29日を入れているが、それでも合わないので、今年は立春で調整されるということらしい。

節分は「せち分かれ」、春夏秋冬それぞれの終わりである。古来より、季節の変わり目は時間的な「境界」で、異界からの魔物が訪れやすいと警戒されてきた。節分そのものは年に4回あるのだが、「陽」の気に転じる立春の前が最も危険。邪気を鬼に見立て、現代では「豆」で退治するのが一般的だ。

つまり、鬼とは「邪気が見える化された姿」であり、令和の疫病・新型コロナウィルスも、可視化すれば鬼ということになる。『鬼滅の刃』を機に鬼の存在を意識し始めた若者たちがコロナ禍の今年、家の周りに豆を撒いたりするかどうか、実に興味深い。

いや、都会で暮らす令和の若者たちにとって「節分」は、やはり「恵方巻を食べる日」で終わるかもしれない。豆撒きと聞いて連想するのは、大きな寺で力士や芸能人が福豆を撒く姿かもしれない。きっと恵方巻こそが伝統的風習と信じて歳を重ねていくのであろう。実は大阪鮨商組合が発案した恵方巻を、全国区に押し上げたのは、大手コンビニの戦略だった。古くは平賀源内が「土用の丑に鰻を」と提案したように、チョコレート会社がバレンタイン商戦を仕掛けたように、コンビニが全国に浸透させた恵方巻も、ルーツが追求されることなく後世まで続くに違いない。

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かくいう私も、東京では恵方巻を食していた。コンビニで売られる以前から、風水信奉者の間では、大阪発の恵方巻が開運の習慣として静かなブームとなっていたのである。都心のマンション暮らしでも、この日は朝から大掃除を済ませて入浴。夜には玄関やベランダに豆を撒き、真っ暗な部屋の中で恵方を向いて「黙々と」私も太巻きを食べていた。西麻布にあった大阪寿司の店に注文し、神棚に供えた日本酒も一緒に頂く。大晦日までに掃除ができず年を越しても、立春前日の節分には身のまわりを整え、開運対策万全と信じていたのだ。