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「開戦」から二年半……米中貿易・技術戦争はこうして展開した

習近平一強体制とファーウェイ包囲網
巨大化する中国と、迎え撃つ米国。熾烈な「米中新冷戦」は、7つの段階で重層的に進行してゆく。それは、1貿易・2技術・3人権・4金融・5疫病・6外交・7軍事だ。2018年3月に新冷戦の火蓋を切り落した「貿易戦争」は、「技術戦争」と絡み合いながらどのように展開していったのか……
米中の激突の実態を描くとともに、両大国の覇権のはざまを日本が生き抜く方法を示した近藤大介氏による現代新書の新刊『ファクトで読む 米中新冷戦とアフター・コロナ』から、その一部を紹介する。

突き付けられた「宣戦布告」

中国にとって、第一段階の貿易戦争は、まさに青天の霹靂のように降って来ました。

2018年3月20日、北京で全国人民代表大会(国会)が閉幕します。習近平主席が、憲法を改正して自己の国家主席の任期を撤廃。意のままに省庁改編を行い、引退していた盟友の王岐山前常務委員を国家副主席に就けるなど、「習近平一強体制」を完成させた大会でした。「習近平皇帝」はもはや国内に、何も恐れるものはなくなったのです。

 

ところが、この大会を終えたわずか2日後の3月22日に、太平洋の向こう側から「鉄拳」が飛んできました。トランプ大統領が「中国製品に追加報復関税をかける」と噛みついてきたのです。この日が「米中新冷戦」の「宣戦布告」となりました。

この時、中国側にはアメリカに対して、強硬策で臨むか宥和策で臨むかという二つの選択肢がありました。ごく単純化して言えば、前者は国粋主義的な「習近平グループ」が主張し、後者は国際主義的な「李克強(首相)グループ」が主張していました。

習近平国家主席(左)と李克強首相(右)(photo by gettyimages)

当時の「中南海」は、「習近平一強体制」が完成したばかりです。

李克強首相は全国人民代表大会で、2期目5年の首相職留任を決めるのに精一杯。「もうアメリカの言いなりになる時代は終わった」という強硬派の意見が支配的でした。そこで、「奉陪到底」(フェンペイタオディ/最後まで付き合ってやろうではないか)という、一説には習主席が御前会議で述べたというセリフをスローガンにして、徹底抗戦を決めたのです。

米中貿易戦争は「横綱対関脇」

貿易戦争が実際に「開戦」したのは同年7月6日で、第1弾として互いに340億ドル分の輸入品に追加関税をかけ合いました。8月23日に第2弾として互いに160億ドル分、9月24日に第3弾としてアメリカが2000億ドル分、中国が600億ドル分の追加関税をかけ、貿易戦争はエスカレートしていきます。

このチキンレースで息切れしたのは、中国のほうでした。中国はいくら世界第2位の経済大国とは言え、規模はアメリカの3分の2程度です。相撲にたとえるなら横綱対関脇クラスの取組のようなもので、がっぷり四つに組めば横綱が有利に決まっているのです。

アメリカとの貿易戦争によって、中国の輸出産業は大打撃を受け、外国資本と外資系企業も中国から撤退や縮小を始めました。こうして中国経済が急速に悪化していったことで、「習近平グループ」に対する批判の声が高まっていきます。

ちなみに、世界経済のナンバー1とナンバー2が貿易戦争を起こしたのですから、ナンバー3である日本の仲裁に世界は期待しましたが、安倍晋三首相(当時)は同年10月に北京を訪問したものの、米中対立にはほとんど無策でした。

結局、同年12月1日にブエノスアイレスG20の場で、習近平主席がトランプ大統領と1年1ヵ月ぶりの首脳会談を行い、「詫び」を入れる格好になりました。

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