妻がマルチ商法にハマり、様々な策を講じた末に離婚。娘とも離れ離れとなったズュータンさん。なぜこうなってしまったのかという思いから、同じようにマルチ商法に苦しんだ人たちにもコンタクトを取り、模索し続けた。noteに発表していたドキュメンタリーが話題となり、新たに書き下ろしたのが『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』だ。ここにはズュータンさんのリアルな戸惑い、迷いもリアルに描かれ、マルチ商法にハマるとはどういうことなのかが明確に書かれている。本書より抜粋して紹介する最終回は、「家庭崩壊」ののち、9年経ってズュータンさんが考える「妻がハマった理由」を抜粋紹介する。

妻が両親に感じていた「寂しさ」

僕は、なぜ妻がマルチ商法にハマったのかを考えない日はなかった。

妻と出会ってから離婚するまで約9年の月日が流れていた。妻と娘が家を出るまでの7年間は、ほぼ毎日一緒に過ごしていた。妻のことはなんでもわかっていると思っていたが、マルチ商法にハマってからの妻とのやりとりを、よく振り返ってみると、僕は妻のことをなにも知らなかったと言わざるを得ない。妻が抱えていた悩み。妻が渇望していたもの。そして僕に何を望んでいたのか。一緒に暮らしていたのに僕は妻のことを何もわからなかったことを思い知らされた。

僕は妻の両親に会ったことがない。妻は大のお父さんっ子だった。理工系の大学に通っていたお父さんは小説家になるために大学を中退した。それからは仕事から帰ってくると机に向かって寝るまで小説を書き続ける、かなり気合の入った生活を続けていたという。

ある日、お父さんは、妻の見ている前で書き溜めていたすべての原稿を庭で燃やした。お父さんは小説を書くのをやめた。お父さんは建築士の資格を取り、妻は建築の専門学校に進学した。ゆくゆくはお父さんと仕事をする予定だった。
だが妻が短大を卒業して半年もたたない頃、お父さんは亡くなってしまった。

妻は建築の道に進むことをやめた。

お父さんっ子だった一方で、妻とお母さんは小さい頃から関係がうまくいっていなかった。どうしてもウマが合わなかったという。お母さんはソフトクリームが好きで、よく妻にソフトクリームを買ってくれた。だが妻はソフトクリームが嫌いだった。嫌々ソフトクリームを食べていたと僕にこぼしていたことがある。お母さんはパートに一生懸命で、学校から帰ってきてもいつも家にいなかった。それが妻は寂しかったと言っていたことがある。時々お母さんが家にいるとうれしかったと言っていた。

ソフトクリームも切ない思いの象徴だった Photo by iStock

お父さんが亡くなったあと、お母さんは再婚した。僕が妻と出会ったときも、妻はもう何年もお母さんに会っていなかった。
建築の仕事に進むことをやめた妻は、しばらくして美容系の仕事に就いた。普段から「かわいいですね」「化粧品何使ってるんですか?」と言われることが常だっただろう妻にとって、お客さんに化粧品を勧めることは自然なことだっただろう。当時のお客さんが、娘の顔を見に遊びに来たり、年賀状を送ってくれたりしていたが、マルチ商法にハマってからはそれもなくなっていった。