「子どもいないからやって」の呪縛

「あなた子どもいないから、週末のイベントお願いね」

これは、ある都内のオフィスで、30代の女性が上司から突然言われた実際の言葉だ。コロナ前の話だが、コロナ禍でいえば週末行うウェビナーイベントを数日前に突然丸投げされたようなものだろう。

これはその部署全体のイベントだったのだが、彼女以外の部員は全員幼い子のいる女性ばかり。イベントを企画した人が体調を崩し、突然このように言われたのだという。
「独身で子どもがいないんだから、急な無茶ぶりもできるでしょ」という論理である。

もちろん、職場で急な変更で大変!というとき、ある程度余裕がある人ができるだけ何かしようとすることは日常の光景だろう。小さい子どもがいると、自由になる時間にかなり制限があるのも事実だ。しかしだからといって「独身で子どもがいなかったらいつでも動けるはず」と決めつけるのはまた別の話だ。「子どもがいないから自由」「いつ何をお願いしても平気」というのは完全なるハラスメントである。

そのハラスメントの陰には、平成27年1月に厚生労働省が男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法の解釈通達を改正し、平成29年には改正男女雇用機会均等法及び改正育児・介護休業法が施行されたことも影響しているかもしれない。厚生労働省が妊娠・出産を機に解雇されることや不当な職場での環境の変化はハラスメントだと明示したことだ。もちろんこれはとても重要なことで、実際横行していた妊娠・出産を機に職場の不利益を被ることへのストッパーとして必須。ただ、マタニティハラスメントに苦しんでいた人たちに光が当たった代わりに、マタハラを盾に過度に要求する人も出てきたのではないか。

妊娠・出産で回りに迷惑をかけたくないと頑張りすぎてしまう人がいる一方で、妊娠・出産を盾にする人も…… Photo by iStock

だが、これは「子のいる側といない側」の対立だろうか。任せていいでしょと堂々言う人がいる一方で、子どもがいる側も、早く帰らなければならないこと、なかなか自由に仕事ができないことを後ろめたく思う親たちもいる。むしろ「本来自分がすべきことを他人に任せざるを得ず申し訳ない」と思う人の方が多いはずだ。

もしそういうことがわかっていたら、冒頭の上司だって当然のように命令するのではなく、彼女の都合を聞いたうえで、どうにもならないからと「お願い」していたのではないだろうか。

結局は、子どもがいる人、いない人で線が引かれるのではなくて、子どもがいようがいまいが、仲間の仕事も自分事として考えられるかどうか、の違いなのではないだろうか。他人のことのヘルプも含めて、仲間が困っているのなら、なにか自分ができることがあればやろう。そう普通に思えるかどうか。損得だけで考えたり、「子持ちだから自分は週末何もしない権利がある」「子持ちは早く帰るから使えない」と決めつけたりしないかどうか。「お互い様だから」と思うかどうか……。

そんなときに人の本質がわかる

そんな、「家庭がない人に仕事押しつける問題」からその人の本質が伝わることを実感させてくれたのが、ikoさんの『カラダ、重ねて、重なって』(Palcy)2話だ。
このマンガの主人公みすずは、24歳のときに彼から「お前のセックスつまんねえ」と言われ、それから男性と付き合うこと自体に恐怖を抱いてしまっている29歳の女性。お付き合いすることは基本的にセックスも伴うわけで、「つまんねえセックスをする私」は男性とお付き合いは無理だと諦めている。そこで「無表情で怖いチーフ」と周囲に思われるようになっていた。

しかし、実はみすずにも気になる男性はいた。それが2年前にみすずの会社に転職してきた「御影さん」だ。彼は、目玉の企画にはたいてい関わっている「仕事のできる人」。しかしただ仕事ができるだけではなく、とても穏やかで優しく、陰で「菩薩」と呼ばれている。

飲まされる接待で本気でみすずを守ろうとしてくれたこともあって、つい御影を目で追っているみすず。それでも一歩踏み出せない。そんなときに明後日公開の企画の大幅修正が必要だとわかる。担当者は「俺これから打ち合わせあるんだよ!だれか!」と助けを請う。しかし「すみません、お迎えあるんで」「私も6時までしか……」という人が多い中、手を挙げたのはみすずだった。

(c)iko/講談社『カラダ、重ねて、重なって』

ひとりで深夜までパソコンに向かうみすず。そこに御影が「手伝います」と言ってきた。
「先に帰った人に愚痴はないないんですか?」と聞く御影。このやり取りの中で、ふたりはお互いの優しさを確認するのだ。
恋をすることが怖くなっていたみすずに、御影さんへの信頼を確信させたこの会話は、御影にもみすずへの信頼を確信させることにもなる。

(c)iko/講談社『カラダ、重ねて、重なって』

こういうシチュエーションになったときに相手がどんな行動をとるか。それでその人の「本当に優しさ」は見えてくるのではないだろうか。