緊急事態の日本でこれから「コロナ差別死」が起きるという恐怖

厳しすぎる行動監視の末路
阿部 恭子 プロフィール

WOHでは「加害者家族相談」も行っているが、身内が事故や事件を起こしてしまった人々も、「収監されて家にいない息子のことを親戚にどう説明するか」といった親族間の問題に悩まされる時期だった。

ところが、今年は気の進まない家族の行事をコロナを言いわけとして回避できたことから、例年のような相談は1件もなかった。

 

「差別死」を防ぐ取り組みを

紹介した事例はいずれも全国の中で感染者が非常に少ない県で起きており、相談者が帰省した地域ではまだ感染者が確認されていないという。

岩手県は、全国の中で唯一「感染者ゼロ」が続いた県であり、SNSでは「岩手感染第1号になりたくない」と首都圏からの帰省に神経質になる県民の声が多く見受けられた。

実際、岩手県初の感染を報告した人はバッシングされている。地域や会社、町内会など都会の小さなコミュニティでも自分が「感染第1号」になることを回避したいと、他人の行動に監視的になり過剰な対応が権利侵害の域に達しているケースもある。

地方では感染者やその家族が転居した例もあり、「感染者が自殺した」という話も耳にする。自殺に関して裏は取れていないが、全国から寄せられる相談を聞く限り、「差別死」が起きても不思議ではない状況にある。

〔PHOTO〕iStock

本来、何のための感染予防なのか、ひとりひとりが改めて考えてみる必要があるのではないだろうか。行動を自粛するのも大切な家族を感染から守り、命を守る為のはずである。

ところが、感染から家族を守るというより、目立った行動をして噂になり、排除されないことに感染予防の目的が傾きすぎているケースが多々報告されている。

感染対策において、人権問題は後回しになりがちであるが、感染者が少数の地域こそ「差別死」を防ぐための取り組みが求められよう。

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