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『ブレグジット』は宿命だったのか、その鍵は「ベルギー」にあった!

家系図からブレグジットを考察

いよいよ完結を迎えた

イギリスでは、2016年の国民投票以降、混迷するEUからの離脱論議に決着をつけるべくジョンソン保守党政権が2019年末に解散総選挙に打って出て、結果、勝利によってブレグジットを確定させた。法的には離脱はすでに2019年末に決定しているとはいえ、2020年は貿易関係の現状を維持する移行期間中だった。漁業権問題も決着し、本年中に代替の自由貿易協定を成立させる合意も出来たと報じられ、ブレグジットがいよいよ本年末に完結する。

混迷したブレグジットを観察するにはEUが本拠を構えるブリュッセルから現代政治的に見る方法もあるが、実はそのブリュッセルを擁するベルギーという国からブレグジットを眺める少し違う方法もある。EUを巡る歴史と人物の要素を重視する方法である。

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21世紀に入ってなお、今般の「ブレグジット」まではひたすら拡大・深化を続けた欧州EU統合だが、ヨーロッパ人たちはヨーロッパ統合の原型として、ベルギー南部のリエージュに生れ、アーヘンで戴冠したカール大帝(シャルルマーニュ)の帝国にその「遠い」起源を求めることがある。

その逆に、より「近い」起源としては、しばしばクーデンホフ・カレルギー伯の汎ヨーロッパの思想に求められる。オーストリアの外交官である父ハインリッヒと日本人の母青山光子との間に東京で生まれた次男リヒャルトが、1922年に欧州統合運動を提唱した。クーデンホフという姓が示唆する通り、系譜を辿ると、13世紀のフランドル(ベルギー)のファン・クーデンホフ家(van Coudenhove)にまで遡る。

さて1958年のEECの成立とは、教科書的には戦勝国フランスのイニシアティブによる仏独間の戦後和解でありが、実態としてはベネルクス関税同盟の拡大だ。その際、最大の貢献をしたのは、ローマ条約の起草者であるポール・アンリ・スパークという弁護士で、「フランス語しか喋らない」ベルギーの政治家であった。そしてその背後にあって強力に統合を支援した3人の人物がいた。それぞれフランス、ドイツ、イタリアの首相を務めていたシューマン、アデナウアー、デガスペリである。拠って立つ政治的基盤が共通なだけでなく(キリスト教民主党)、その3人にはさらに表向きには見えない共通項があった。

シューマンは、もともとルクセンブルク生れのロレーヌ人で、ドイツ語も話した。デガスペリは、イタリア最北部トレントのドイツ語圏出身で、国境変遷の前、若い頃はオーストリアの国会議員を務めていた。アデナウアーも、ドイツとは言え、ライン川沿いの、むしろ親仏の地域の出身だ。要するに3人はそれぞれの国境地帯出身で、ドイツ語という共通の言語で、心おきなく話せる間柄だったのである。