上京したての大学生と、お笑いスター

オリエンタルラジオが「武勇伝、武勇伝」と一世を風靡していたのは私が大学1年生の頃のことだ。テレビのお笑い番組に敏感で、サークルの集まりがあれば、誰かがふざけて芸人さんのネタを全力で真似していた時代。そんな中、「オリラジって慶應と明治らしいよ」と誰かが会話すれば、「えー、じゃあどっかですれ違っていたかもね」「んなわけないでしょー」と言う会話が聞こえる。

それくらい世代も環境も近いお笑いスターが誕生した、と言う感覚だった。ただ、岩手の田舎から上京したてで、夢は「いつか新宿のアルタに『笑っていいとも』の観覧に行く!」だった大学1年の私にとっては、テレビの向こうの人は完全に別世界の雲の上の人、と思っていた(ちなみにいいとも観覧の夢はその後割とすぐに叶うことになる。アルタは想像以上に狭くて、芸能人が近くて、今思い出しても胸がドキドキする)。

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そんな私がまさか芸能の道に進むなんて! 大学2年のミスコンをきっかけに始めたタレントのお仕事だったが、次第に夢中になり、大学卒業後もその道を選んだ。自分としても意外な選択だった。

大学卒業間際に初めて、オリエンタルラジオと共演することになる。その番組は、たくさんの現役就活生を相手に、オリラジが司会、私は就活生と同じ大学生ということでパネラーとして呼ばれた。オリラジを前にしたときその二人の放つ圧倒的な華に驚かされた。どこかですれ違っていたかもしれない大学生なんかじゃなく、これが在学中にデビューする華のある芸人さんかー、やっぱり雲の上の人なんだべな。と、気持ちはまたアルタ観覧が夢の大学生に戻った。

そのとき仕切っている”中田さん”を見て、「まるでティラノサウルスのような人だ」と思った記憶がある。とんでもないパワーで、激しくスタジオ全体を縦横無尽に動き回り支配する姿が、恐竜がドッスドッスと地面を走り回る様子を彷彿とさせたのだ。実際CGでしか見たことがないが、それほどにパワフルな人だった。ちなみに夫に後日この収録のことを聞いたとき、番組自体を覚えていない、と言っていた。

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夫は付き合い始めの時から、「俺は記憶のメモリ容量がほとんどないタイプで、いろんなことをすぐに忘れてしまうんだけど、そういう性格なので気にしないで」と言われていたので納得している。この時は多忙でろくに睡眠も取れていなかったのだそうだ。後日談だか、この収録の数年後に再びオリラジと共演した時、藤森さんは「おー萌ちゃん、就活の収録ぶりだね!」と声をかけてもらったので、二人のタイプがまるっきり違うのが面白い。