(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

『鬼滅の刃』が若者の命を軽視する一方、重視しているものは一体何か

なぜ国民的ヒットとなったのだろうか

『鬼滅の刃』を語るということ

『鬼滅の刃』については、もはやその内容を紹介する必要すらないかもしれない。

上映中の映画は『千と千尋の神隠し』を抜いて歴代興行収入ランキングのトップとなるのは確実視されているし、その勢いにあやかろうとするコラボグッズも巷に溢れている。

かくいう私も『鬼滅の刃』のことは、自分のクリニックに通っていた高校生に教えてもらってから大好きになってしまい、最後の方には単行本が発売されるの楽しみにして、毎回Kindleで購入して全巻を読破した。

 

一時期は仕事でつらいことがあると、狭霧山で岩を切る修行をしていた炭治郎のことを思い出して自分を励ましていた程だった。

当然、自分なりの視点から『鬼滅の刃』についての解釈をいろいろと考えていたのだが、気が付くと高名な精神科医を含む何人もの方々が、大変に深く興味深い考察を発表されていた。

そこに付け加える意味がある文章を書けるのかという自制が働きそうにもなったのだが、『鬼滅の刃』の中に隠しようもなく顕わになっている「日本的ナルシシズム」について批判的に書き記しておくことは、どうしても必要と考えてワープロに向かうことにした。

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