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世界を席巻する賄賂文化、否定しても消えない人間社会の潤滑油

ここでも米国が中国に飲み込まれる

あえて問う、いけないことか

正月の楽しみといえば、おせち料理、帰省、旅行などたくさんあるが、子供たちにとっては「お年玉」もそのひとつであろう。

日本が好景気に沸いた時代には「お年玉レート」も跳ね上がって、小学生や中学生に1万円札をポンと渡すことも珍しく無かった。また、数万円などという話もよく耳にした。

そのため、親戚を一通り回ると数十万円のお年玉を「稼ぐ」小学生・中学生が出てくるわけである。

私が小学校に入った頃の小遣いは1日10円、1カ月で300円であった。中学生の時は確か月額2000~3000円程度であったと思う。学生アルバイトも一般的ではなく数十万円という金額は見たこともない大金であったはずだ。

だから、多くの家庭と同様に「あなたはまだ子供だから、将来のためにお父さんとお母さんが貯金してあげる」と言われて没収された時には、「権力の横暴だ!」と心の中で叫んだものだ。

もちろん、子供が誰かにお年玉を上げるわけではなく、結局は「大人の付き合いの事情」で「子供をだしにして」お年玉のやりとりをしているだけだから、「お年玉の出資者」である両親が子供から「回収」するのは理に適ってはいる。しかし、それは大人になってはじめてわかることである。

言ってみればお年玉は「プレゼント(交換)」であるわけだが、プレゼントに目くじらを立てる人はまずいない。特にプレゼントをもらう方はそうだ。逆にクリスマスや誕生日にプレゼントがなければ寂しい思いをする人は少なくないのではないだろうか?

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高度成長・バブルの時代には、お中元・お歳暮も派手になって「虚礼廃止」ということが強く叫ばれた。しかし景気がそれほど良くない上に、贈答文化にも変化があったせいか、最近のお中元やお歳暮はこじんまりとしている。

それでもお中元・お歳暮は日ごろお世話になっている人々への感謝のしるしとして綿々と続いているし、今後も廃れることは無いであろう。

だが、政治家が有権者に贈ったり、公務員が業者からお中元やお歳暮をもらうことは大きな問題になる。

もちろん、政治家や公務員は「国民に等しく奉仕する義務」があり、金品をもらって特定の「お友達」を優遇するのは犯罪である。

 

だが、本当に賄賂はいけないことなのか? あるいはもしいけないとしたら、根絶することが可能なのかについて考えたい。