東京から京都に拠点を移したジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、その秋尾さんを京都の師と仰ぐ東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」。京都を知ることは日本を知ること。タイムスリップし、その時代を感じられる京都でふたりが体感した奥深さをお伝えしていく。
連載5回目の今回は、「門松」がテーマ。東京に長く暮らしていた秋尾さんが驚いた「京都の門松」の理由とは。

京都のお正月での「神迎え」

神さまに好かれるには、どうしたらいいのだろう。火、山、海、草木……、日本人は古来より自然界のあらゆるものに神さまが宿ると信じ、祈りを奉げながら自然と共生してきた。神さまへの思いは人それぞれだろうが、疫病に悩まされた今年は、神社仏閣で熱心に手を合わせた人が多かったと聞く。

こんな時だからこそ新年早々神社に参拝したいところだが、元日は避けるよう推奨されている。初詣は1月中にゆっくり参拝すればいい。むしろ空いている平日の早朝に、静かに手を合わせるのが望ましい。大切なのは、元日に「自宅へ歳神さまをお迎え」し、家を守ってもらうことだ、というのである。都会のマンション暮らしではピンと来ない神迎え。京都の人々は、お正月をどのように過ごすのだろう。

神さまをいざなうには何が必要か。清潔な家が好まれるのは、なんとなくわかる。だから大晦日までに大掃除をする。では、「松」はどうだろう。門の両脇に「松」を立てるのには、何か理由があるはずだ。

東京で暮らしていた時から、私はお正月に「松」を飾っていた。浮き沈みの激しいテレビの世界では、開運グッズは必須アイテム。縁起物は何でも取り入れた。ビルの玄関に立てる大きな門松は無理でも、マンション扉の両脇に松枝は立てられる。毎年1対、松枝をテープで壁に止めていた。部屋の掃除は半端だが、しかし、ささやかな松飾りだけは、アキオ流の正月恒例行事。何があっても欠かさなかった。

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