結局、「甘利事件」とは何だったのか? 多くの人が知らない「捜査の真相」

『安倍・菅政権vs.検察庁』(1)
村山 治 プロフィール

着手の日程調整

本来、法務省で検察を所管するのは、黒川と同期の林がトップを務める刑事局だ。捜査上の問題点についても刑事局が掌握し、解決にも関与する。当時、法務省官房長だった黒川が担当したのは、法務省の政界担当として、国会の審議日程を睨み、審議の邪魔にならないよう強制捜査の日程調整などを行うことだった。

実は、この種の日程調整は、珍しくない。2001年に東京地検特捜部が元参院議員の村上正邦ら国会議員2人を逮捕したKSD事件の際も、法務省官房長の但木敬一が国会審議への影響を避けるため、特捜部長の笠間治雄に直接連絡をとって強制捜査の着手日をずらしてもらった。笠間はのちに「国会審議を尊重するのは当たり前。証拠は固まっていたし、着手日を遅らせても捜査には何の影響もなかった」と周辺関係者に語った。

 

KSD事件については、この後詳述する。

甘利事件の捜査について黒川が特捜幹部や刑事局と話をしたのか、それがどういう内容だったのかは明らかではないが、黒川が、官邸と検察の間に立って、強制捜査の着手日程の調整などのため、検察側と折衝したのは事実だろう。しかし、それは事件潰しとは違う。一種の行政的な判断にかかわる話だ。

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