明石家さんまに関する膨大な資料の一部

「明石家さんま」とは何者なのか? 27年間、全発言を記録した男の肖像

さんまの一言が人生を変えた

家族の介護と肉体労働に明け暮れ、家でも職場でもほとんど気が休まらない。1993年秋、20歳の青年は疲弊していた。憂鬱な1週間が始まった月曜日。23時半に布団に包まったものの、頭の中は明日への不安だけが渦巻き、溜息が止まらない。気を紛らわすため、何気なくテレビのリモコンを手にした。これが、運命の始まりだった――。

高田文夫や東野幸治も絶賛する書籍『明石家さんまヒストリー1 1955~1981 「明石家さんま」の誕生』(新潮社)が話題沸騰中だ。同書には笑福亭松之助への弟子入り、東京への恋の逃避行、島田紳助や笑福亭鶴瓶との出会いなど国民的お笑い芸人の知られざる下積み時代が綴られている。

『明石家さんまヒストリー1』著者のエムカク氏
 

著者のエムカク氏は成人を迎えた年、偶然チャンネルを合わせた『痛快!明石家電視台』(MBS)に心を奪われる。間寛平、村上ショージ、ジミー大西がクイズでボケまくり、さんまが縦横無尽にツッコミまくる。あまりのくだらなさに時を忘れ、布団の中を転げ回って、何度も大爆笑した。

この時以来、エムカク氏は毎朝、新聞のラジオ、テレビ欄で「さんま」の文字を隈なく探し、番組が始まると全神経を傾けた。特に、長い時間を掛けて自身の逸話を語る『MBSヤングタウン』(MBSラジオ)は繰り返し聞き過ぎて、本当にカセットテープが擦り切れた。1996年、進む道を決定づける一言が、さんまの口から放たれた。

〈私は、しゃべる商売なんですよ。本を売る商売じゃないんですよ。しゃべって伝えられる間は、できる限りしゃべりたい。本で自分の気持ちを訴えるほど、俺はヤワじゃない〉(『MBSヤングタウン』1996年3月23日放送)

この言葉に感銘を受けたエムカク氏は、未来永劫、さんまの発言を記録しようと決意したという。それにしても、本名さえ明らかになっていない正体不明の“エムカク”は、どんな人生を歩んできたのだろうか。