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# クリスマス

1951年、サンタクロースが「火あぶり」にされた大事件をご存知ですか?

クリスマスとどんちゃん騒ぎの世界史

火あぶりにされたサンタクロース

1951年12月23日、フランス・ディジョンにて、とある人物が火刑に処せられた。その人物の名とは、サンタクロース。第二次世界大戦後、プロテスタントの国であるアメリカの資本主義とともに流入してきたアメリカ式サンタクロースは、カトリックの擁護者たることを自負していたフランス人の一部聖職者の目に、キリストの降誕祭をまったく別の形に変えてしまう——あるいは、彼らが信じるキリスト教の伝統には無かったものを混ぜ込んでしまう、許されざる者と映った。

当時の夕刊紙『フランス・ソワール』がその様子を伝えている。

ディジョンの聖職者たちによって、教会の横領者にして異端者として断罪されたサンタクロースは、教区若者組に属する子供たちの面前で大聖堂の鉄格子に吊るされたのち、火あぶりとなった(もちろんハリボテのサンタクロースではあったが)。

ハリボテのサンタクロースが燃え尽きたあと、「虚偽と戦うことを望む、教区内の全てのクリスチャン家庭を代表して、250名の子供たちがディジョン大聖堂の正門前に集まり、サンタクロースを火あぶりにした」との声明が読み上げられた。

 

サンタクロースを火あぶりにするというこのショッキングな示威は、もちろん一部宗教右派のとった行動であった。多くの市民はこの人物の「復活」を望み、サンタクロースは翌日の夕方には市庁舎の屋根の上を歩きまわって無事をアピールしたし、今でもクリスマスには毎年サンタクロースがディジョンの子供たちと触れ合うイベントが行われている。

しかし社会に衝撃を与えたこの事件は、その背景に文化人類学的なテーマを見出した人類学者レヴィ=ストロースが考察の対象としたことによって、現代日本でもよく知られている(レヴィ=ストロース著、中沢新一訳『火あぶりにされたサンタクロース』KADOKAWA、2016年)。

ここでは、今ではクリスマスには欠かせない存在となったサンタが、一部右派キリスト教徒の憎しみの対象になったという事実とその背景に、歴史学研究者としてもう一度目を向けてみたい。