©️円谷プロ

15年のブランクを経て…円谷プロ「ウルトラマンティガ」で大成功できたワケ

ウルトラマンシリーズの未来を支えた礎

最初に観たのは、どのウルトラマンですか?

年齢層の違う何人かで雑談をしているときに、こんな話題が出ることがあります。

「で、子供の時に最初に観たウルトラマンは何か覚えてる?」

実は『ウルトラマン』『ウルトラセブン』などの初期のウルトラマンシリーズは夏休みや冬休みの度にむちゃくちゃ再放送が流れていた時期があるので、初めて観たといってもそれが10回目の再放送だったりして、年齢の特定には結び付けづらいのです。

でも、そうした子供番組の再放送が少なくなったこの30年ほどに限って言えば、「ああ、最初に観たのは『ウルトラマンティガ』ね、ということは……」なんていう話の広げ方ができるようになりました。

光の巨人、ウルトラマンティガ降臨!
 

そんなことができるのも、ウルトラマンシリーズが1966年以来、断続的にではありますが、新作のテレビ放送を続けているからに他なりません。

そう、ウルトラマンシリーズのテレビ放送が途切れている期間は、『ウルトラセブン』終了から『帰ってきたウルトラマン』開始までの3年間、『ウルトラマンレオ』終了からアニメ作品『ザ☆ウルトラマン』をはさんで『ウルトラマン80』開始までの5年間など、長くてもそれぐらいです。

唯一、長い空白期間があります。

『ウルトラマン80』終了から海外作品や映画をはさみ、1996年~1999年に「平成三部作」と呼ばれる『ウルトラマンティガ』『ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンガイア』が放送されるまでには、実に15年という時間を待たなければいけなかったのです。

歴史に「もしも」はないと言いますが、「もしも」この時に『ウルトラマンティガ』のような素晴らしい作品が生まれていなかったらと考えると、とても恐ろしい気持ちになります。

このタイミングでこの奇跡のような作品が生まれたのは、けっして偶然ではありません。

この『ウルトラマンティガ』によって、ウルトラマンシリーズはその後25年間、かわらぬ人気を保ち続け、さらに未来に続く大いなる礎を築くことができました。
そこには高い志のもとに集結した、いくつもの才能による努力と奮闘があったのです。

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