どんな年齢になっても安定なんて存在しない…老いてわかった現実

父の介護、母の介護、私の老い方(7)
荻野 アンナ プロフィール

ミック・ジャガーのほうれい線

パソコンの画面をにらむ暮らしで、眉間のシワが深くなった。ほうれい線は以前からだが、唇の両端のシワはいつの間にか、くっきりと刻まれてしまった。

漫画で、この部分に縦ジワを描くと、若い女性が一挙に老女になる。両手で頬を吊り上げると、一瞬、その部分が若返る。メスでこの状態を作るのが美容整形、と納得する。

メスは怖いが、最近のプチ整形なら注射一本でそれなりの効果があるらしい。そのかわり効果が持続せず、定期的な施術が必要となる。その面倒を考えると、老け散らかしたほうがマシ、とおっくうな気持ちが優ってしまう。

 

要は、シワが似合う顔になればいい。ローリングストーンのミック・ジャガーは若い頃から立派なほうれい線の持ち主で、頰は縦ジワだらけだった。

それがセクシーに見えるのは、彼のたゆまぬ肉体鍛錬と、食事制限と、年下金髪美女との恋愛のたまものだ。そう考えると、注射を打ちまくっているほうが簡単かもしれない。

髪は、白髪の部分にメッシュを入れている。還暦の折には赤くした。本当は頭全体を赤に、と思っていたのだが、美容師に止められた。

若い人なら黒髪をいったん白くしてから色を入れるが、白髪だとその手間が省ける。「白髪の有効利用」を自称しているが、もしも魔法で黒髪に戻せるものなら、むろん戻したい。

しかし髪だけ烏の濡れ羽色では、顔のシワと釣り合いが取れそうもない。

どんな年齢になっても安定なんて存在しない

外見が年齢相応になってみると、つくづく思い知らされる。老いによってもたらされるはずの成熟が、自分の内部に感じられない。いわば不安定な少女が、シワと贅肉の着ぐるみを着た状態でいる。

自分が本物の少女だった頃は、まさかこんな60代を迎えるとは、想像だにしていなかった。将来が見えず、何者でもない自分を持て余していた思春期、大人になれば安定が待っているのだと思い込んでいた。

ところがね、どんな年齢になっても安定なんて存在しないのよ

学生に言い聞かせると、相手はちょっと暗い顔になる。「教師」も、「学生」も、考えてみれば着ぐるみの一種で、脱いでしまえばお互いに頼りない子どもである。

もうじき退職の私は、教師の着ぐるみを脱いで、シワと贅肉だけまとった前期高齢者になる。 

着実に老いに向かっているのは確かだが、「前期高齢者」の呼称には、優しさが感じられない。せめて「後期中年」ぐらいにして、75歳からをまとめて「高齢者」にしてほしい。こういう人間は、自分が75歳になったら、80歳からが老人だと、文句を言うことだろう。

そして介護認定を勧められて、そんな歳ではない、と逆上する。歴史は繰り返すのだ。

第1回:セクハラ、心不全、せん妄の父…介護は先の見えないサバイバルです
第2回:介護は一歩間違えると底なし沼。「父を殺して私も死ぬ」と叫んだ夜
第3回:誰が先に倒れるか――介護のストレスを、私はサンドバッグにぶつけた
第4回:死が近いのに、死のことを考えなくなった…看取られる父の遺言
第5回:孤独の似合う女でありたい、孤独死も悪くない… 荻野アンナの孤独論
第6回:縦浜ではなく横浜の市民であり続けたい――大道芸が出会わせた人々

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