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政界に進出しようとした芸能人の末路…当選・落選で人生が180度変わった

平成芸能史プレイバック!

「まさかの当選!」で“そのまんま”結果を残した東国原英夫

かつて、政界への進出を目指して国会議員選や首長選、地方議会議員選に出馬した、数多くのタレント候補たち──今回は、そんななかから当選・落選を問わず、我々の記憶に深く刻み込まれた個性あふれる面々の“あのころ”を振り返ってみよう。(※以下、敬称略)

まず、平成の30年間で筆者が個人的に一番仰天したのは、「そのまんま東」こと東国原英夫の当選劇だ。

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『たけし軍団』の元番頭格で、2006年に本人を代表とする政治研究会『そのまんま会』を設立。同年、所属していた『オフィス北野』を退社し、出身地である宮崎県の知事選挙に立候補。総投票数の約45%を獲得して、見事政界へのデビューを成し遂げた。

当選後は、作業服で初登庁したり、庁内にある椅子をパイプ椅子に変更したり、知事専用の公用車をセンチュリーからハイブリッドカーに乗り換えたり……と、徹底的なコストカットを断行。「宮崎県のセールスマン」を自称しながら、自身の“前職”や知名度をフル活用し、いくつものテレビ番組にも(ときにはノーギャラで)積極的に出演。賛否両論もあったが、ほかにも数えきれないほどの功績を残した、まぎれもない名知事である。

しかし、立候補した当初は“そのまんま東”時代のイメージもあってか、出馬を疑問視する声や、「泡沫候補」と揶揄する論調も、少なからずあった。フライデー襲撃事件をはじめとし、すでに警察沙汰にまで到る不祥事を複数起こしていた“そのまんま東”であるが、「最大のイメージダウンの元凶」を問うなら、やはり1998年の「淫行事件」を見逃すわけにはいかない。

 

同年10月、東京都内のイメクラが未成年女性を“接客”に使っていたことが発覚し、児童福祉法違反および東京都青少年健全育成条例違反の容疑で経営者が逮捕された。その際、当時16歳であった少女が、性的なサービスを施した客として東国原の名前を供述。東国原本人が警察からの任意の事情聴取で「18歳未満とは知らなかった」と釈明して、最終的に法的責任は問われなかったものの、以降5ヶ月間は芸能活動を自粛。「倫理面での背徳的行為」ということでマスコミも大々的に取り上げ、世間からも猛烈なバッシングを受けた。

今よりも牧歌的な世の中だったとはいえ、芸能人の女性問題、しかも相手が未成年だった場合、“張本人”が被るダメージがどれほどのものかは、もう皆さまも十分にご承知だと思う。