会社も社会も「ナメる」くらいがちょうどいい

――今一番思う、「これをやっておけば良かった」という裏ワザって何ですか?

本当にひどい話なんですけど、結論は、「ちょっと遠出をするたびに皆さんにお土産を買って配る小ワザをもっとやっておけば良かった」なんですよね。職場ってルールよりも人間関係でまわっているところがありますから。

必死で規定を読んだ時間はほぼ無駄どころか逆効果で、それよりも「お土産を買う」という5分もあればできることのほうが遥かに大事だったな、と。これは、私以外の皆が当たり前にやっていたんですよね。

――なるほど! たしかにちょっとしたものを配るって、人間関係を円滑にするには有効ですけど、そんなことは規定には一切書かれていないですもんね。

「自分はダメだ、もっと頑張らなきゃ」なんて考えず、お土産を買って媚びを売っておけば良かったんですよね。もしくは、「先輩すごい!」みたいな感じで気分よく過ごしてもらえばよかった。それでお給料もらえるなんて、最高なのに。でもこういう媚びやおだてって、なかなか世の中をナメていないとできないことだと思うんです。だって思ってもいないことを言うわけですから。

ただ、それは決して悪いことではなくて、そもそも社会ってそれぐらいの距離感でまわっているもの。私がやるべきことは、まずは「努力が足りない」という自責の念を解除して、会社も社会もナメてかかることでした。

発達障害の人は「空気が読めない」とよく言われますが、これは要するに、周囲の行動を見ながら無意識にトレースしていくことが下手、ということなんですよ。たとえばASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)の人は、赤ちゃんのときにお母さんが「いないいないばあ」をやっても無視したりする。

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私も、人がにっこり笑いかけても1ミリも笑わない子供だったので、「かわいくない」と言われていたんですけど。大人になってもそれは変わらないので、社会に放り込まれたとき、まわりの動きを見て一定度マネるということができないんです。そしてこのマネるということが、空気を読むということとほぼ同義なのです。だから「空気が読めていない」と感じている人は、とりあえず落ち着いてまわりを見まわしてみる、ということが何より大事だと思います。