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老いの重荷を軽くするつながりとは?――大道芸をやってわかったこと

父の介護、母の介護、私の老い方(6)
家族でも仕事でもない、ゆるやかなつながりが、老いの重荷を軽くする――ホラの達人の福田さん、「人間ポンプ」の園部さん、閻魔様を演じた横浜市長。芥川賞作家の荻野アンナさんが、大道芸を通じた人々との出会いを語ります。
 

名刺でわかる人となり

名刺を見ると、ある程度その人がわかる。自分の名前をデカデカと載せるのは政治家タイプ。肩書きを町内会の役員レベルまで記載して真っ黒な一枚もある。

イラストやデザインに凝って、個性を主張する人がいる。住所がローマ字なので、その人に手紙を出そうとすると元の漢字を探す手間が増える。文字が小さく薄い色で、余白を生かしているのだろうが、読みにくくて虫眼鏡が登場する。

数ある名刺の中の、これという一枚がある。パステルカラーのストライプになっている。それには訳があって、自分が「よこしま」なことを表している。持ち主は中華料理店「萬里」の社長・福田さんである。

野毛は、いわば横浜のゴールデン街。老舗の中華「萬里」は焼餃子で知られている。別名、嘘つき万里。嘘というよりはホラの達人で、想像力がたくましい。

テープカットならぬ「ヘアカット」

ブリュッセルにある有名な小便小僧の像を、野毛にも建立するのだと張り切っていた時期がある。ただし野毛はおじさんの街。酔っ払った小便おじさんの像をモビールにして、通りがかった人におしっこの雨がかかる。

「いいですね。おしっこをビールにしたらどうでしょう」

賛同したのは私一人で、この案は流れた。

野毛は小路が碁盤のように並んでいる。中の野毛小路に「万里」の店がある。小路の修復作業の際に、福田さんが提案をした。

横浜の数ある街の中で、毛の字が入っているのは野毛ひとつ。それを記念して、女の髪をモザイクにしたらどうだろう、というのだ。金髪、赤毛、黒髪が絡み合い、髪飾りも添える。

この案は、経費削減で、3分の1ほど実現した。現在の野毛小路には黒髪がうねっており、通ると酔いが余計に回る。この道を私は様々な人を連れて歩いたが、黒い模様が何を表すのか聞いてみると、正解は一人もいなかった。

道が開通するとき、福田さんはテープカットならぬ「ヘアカット」をやる気で、実際に髪を切るモデルまで探したが、結局、話は流れてしまった。

「人間ポンプ」の園部さん

この福田さんと評論家の平岡正明さんの出会いが、町に不思議な活力をもたらした。

自ら「B級タウン誌」を名乗る「ハマ野毛」は、原稿用紙も知らなかった町の人に平岡さんが親身に指導して、街の裏の顔に光を照らした。残念ながら6号で廃刊したが、廃刊の辞は「金の切れ目が縁の切れ目」。

この平岡さんからボールペンで書かれた手紙が来て、町おこしのためのシンポジウムに参加してくれという。野毛は年に2回の大道芸大会を開催しており、観客として楽しんでいた私は二つ返事だった。

当日のことは鮮やかに覚えている。ドイツ文学者や私が町づくりについて語っている間、沈黙を守っていたパネリストが一人いた。「人間ポンプ」という芸をする芸人、園部さんである。司会者から振られて、彼は自らの芸について語り出した。

碁石を飲み込んで、黒の方を出せと言われれば黒を、白を出せと言われれば白を出す。なぜそのようなことが可能か。黒の原料は石であり、白は貝である。その質感の違いを胃で感じて反応するのだそうだ。

芸のきっかけは子ども時代に遡る。もらった飴を口に放り込んだまま駆け出した。その時転んで、思わず飴を飲み込んでしまった。「もったいない」と思った瞬間、飴は口に戻っていたという。

この日のシンポジウムで、私が覚えているのは園部さんの話だけである。大道芸大会でも彼はおなじみで、飲んだ金魚を口に戻したりしていた。火吹きも得意で、普通なら口に含んだガソリンで行うが、園部さんは胃をガソリンで満タンにするから大きな炎が出る。

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