「安心安全」を求める主婦が「洗脳に弱くなってしまう」ワケ…実体験から考えた

「エホバの証人」元信者の考察
佐藤 典雅 プロフィール

ここで誤解しないで欲しいのが、私はなにも野菜やオーガニックを否定しているワケではない。事実普段の食事をオーガニックのものに変えた結果、身体の調子が良くなったり、なにかの症状が軽減された方もいるだろう。

ここで私が言いたいのは、自分の体をつくる食べ物のうち、なにを欲しているのかを知り、オーガニック野菜のほうがよいのであれば、自分が選べばいいのではないかとないかと考えているだけだ。

「これでなくてはダメだ」という思いが行きすぎてしまうと、最終的には自分の首を絞めることにもつながってしまいかねない。

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しかし私がこういうことをいうと、なかには「とはいえ、オーガニックこそが絶対だ」と躍起になって主張するお母さんたちもいる。私の母親も自分基準の「絶対」と信じ、当時は私の意思を尊重してもらえなかった。

おもしろいもので、人は事実に対して躍起になることはないが、「信条」に対しては躍起になる。なぜなら「信じる」ということしか根拠がないからである。宗教の熱狂的信者やマルチ商法の人が常に躍起になるのはここに理由がある。

これはサンタクロースの議論と同じ構造だ。サンタを信じていない子はそんなにムキにならないが、サンタを信じている子はムキになる。残念ながら、「信じる」ことと「事実」は決してイコールではない。サンタを信じるのは自由だが、サンタが存在するわけではないのと同じだ。

同じく、地球が丸いことはすでに証明されている「事実」なので、信じる必要もない。仮に誰かから「地球は平らだ!」といわれても別にムキになることはないだろう。同じ理屈でエホバの証人の信者たちが「神やサタンは存在する!」と躍起になっている時点で、それは事実に関する議論でなく、信条の議論になる。

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