インパクタの完成にはもう一社、福島県の企業の奮闘があった。郡山市にある溶接会社「東成イービー東北」だ。ステンレスの容器本体と弾丸と化す銅板の溶接を担当した。この溶接もまた、高い技術が求められた。
開発を率いたひとり、水野豊は一般の製品との違いを説明してくれた。
「ふつう溶接は二度と外れないようにしっかりくっつけてください、とお願いされるのです。ところがインパクタでは外れるようにしてください、とお願いされました(苦笑)。爆発したときに銅板が容器から外れて弾丸に変形するためです」
用いたのは「電子ビーム溶接」といわれる技術だ。真空の装置の中に溶接する部材を入れ、ビームを当てて1000度以上にして金属を溶かす。それが固まってくっつくのが電子ビーム溶接の仕組みだ。電子ビームは金属の深い部分まで到達して溶かす。しかも溶接したい箇所を精緻に狙えるのでインパクタには適していた。
東成イービー東北では、日本工機やタマテックなどと連携し、飛行時はがっちりと外れず、爆発時にしっかり外れるほどよい強度で溶接を施した。
このときの難題は弾丸となる円形の銅板が、一周360度どこをとっても均一に容器本体と溶接できているかという点だった。たとえばどこか1ヵ所が強めにくっついていると、インパクタが爆発したとき、そこだけ外れるのが瞬間遅くなる。すると銅板はまっすぐには飛んでいかない。全周が同時に外れる必要があるのだ。
「どんな工夫をしたのですか」と質問すると「それは企業秘密です」とにやりと笑われた。帰り際にくれたヒントは溶けたステンレスと銅の混ざり具合の案配だとのことだった。
小惑星にクレーターを作り世界を驚かしたインパクタ。いずれの会社も東日本大震災で事業や社員の生活に何らかの影響が出ていた。決して逆境に負けない、はやぶさ2のチームとインパクタを仕上げた福島の人たちの思いが宇宙で結実し、成功を引き寄せたのかもしれない。
ここで紹介したのはほんの数社だが、はやぶさ2を支えた日本のものづくりの現場を少し知ってもらえたと思う。
『ドキュメント 「はやぶさ2」の大冒険』では、はやぶさ2が完璧ともいえる成功を収めた要因を徹底的に分析した。「批判勢力の取り込み」「組織内外の壁を取り払う人事の巧みさ」、偏執的とまで感じるほどの「用意周到なる準備」という3つの「成功の方程式」を挙げたが、「中小企業の献身的なバックアップ」をそれに付け加えるべきだろう。
大手メーカーから町工場まで。2号機の完璧とも言える成功は、技術の裾野の広さ、そして、企業どうしの有機的な連携・連動が不可欠であり、はやぶさ2は見事にそれを具現化したのだった。
記事本文中の敬称は省略させていただきました
密着取材・地球帰還までの2195日
ドキュメント「はやぶさ2」の大冒険
辿り着いた小惑星は岩石だらけの「怪物」だった!
6年におよぶ密着取材で、手に汗握る着陸ミッションの舞台裏を描き出す。特別篇では、ジャーナリストの池上彰氏と原晋 青山学院大学陸上競技部監督が、はやぶさ2を成功に導いた、3つの「勝利の方程式」を分析する。