はやぶさ2成功が証明した日本のものづくりの凄さ

福島の中小企業が作り出した、世界初の小惑星衝突器
NHK小惑星リュウグウ着陸取材班 プロフィール

ガラス製のランプは長さ約6cmの細長い筒状。手のひらに載るほどの小さなもので両端に電極がついている。初号機で開発され2号機でも同じ仕様で臨んだ。ただ2号機は初号機より飛行距離が長く、打ち上げロケットも替わったため、より厳しいテストを繰り返したという。会社に長年勤務し、初号機からはやぶさに関わる技師の高橋勉は、設計の苦労を振り返る。

「長い歴史がある会社ですが、さすがに宇宙空間で使うランプは初めてでした。それまでは飛行機向けが最も高い高度でしたから(笑)。空気がある地上と真空の宇宙では、ランプの設計をかなり変えざるを得ませんでした。アイデア段階のものも入れると、10種類前後試作を繰り返しました。でもやりがいはありましたよ」

【写真】高橋さん初号機のランプ設計から携わった高橋勉さん。様々な試作品を試し、その一部を見せてくれた

細長いガラス管の中は発光するキセノンガスが充填されていて両端にはプラスとマイナスの電極が取り付けてある。黒く色が塗られている部分だ。中央部には、「トリガー極」と呼ばれる線がガラス管に巻かれていて、トリガー極がパルスを出すと、中のキセノンガスがイオン化する。このとき、プラスとマイナスの極の間で電気が流れ、キセノンガスが発光するという仕組みだ。

【写真】宇宙ランプ宇宙ランプのアップ。指で指した部分を盛り上げる工夫をした

高橋は真空の難しさを次のように話す。

「空気は電気をほとんど通さないので、トリガー極のパルスが間違ってプラス極やマイナス極に飛んでいくことはありません。私たちはこれを『リーク』と言うのですが、空気がある地球上ではリークはしない。ところが、宇宙は真空で絶縁となる空気がない。そのため、トリガー極からのパルスが飛んではいけないプラス極やマイナス極にリークしてしまうおそれがあるのです」

「リークするとショートを起こしランプは故障してしまいます。最悪の場合、ガラス管が割れるかもしれない。真空の宇宙でガラス管が割れると中にはキセノンガスが入っているためにガラスは外に飛び散る形になります。爆裂です。そうするとはやぶさの他の機器を壊してしまうおそれもあるのです。これは絶対に起こしてはならないトラブルなんです」

国内に数社しかないというフラッシュランプの専業メーカーとして技術には自信があったという開発陣。しかし、真空の宇宙は手強かったという。試行錯誤が続いた。

真空が原因でリークが起きるなら、ランプ全体を空気で充填したボックスに入れておくアイデアも出たが、装置が大がかりになり、厳しい重量制限をオーバーしてしまう。

最後にたどり着いたのが、日本刀のつばを参考にした形状だった。ガラス管の両端をつばのように少し盛り上げたのだった。日本刀は、つばがあることで、握る手が刃に滑っていくことはない。同様に、つばのような盛り上がりを作ることでトリガー極からのパルスを遮り、リークを防げることを見出した。この構造を思いついた発想力もすごいが、さらにそのアイデアを製品化できるところに、この会社の強みがある。

はやぶさ2を支えた職人の技

はやぶさ2に搭載するランプはたった2つだ。しかし製造したのは合計120個。すべて同じものを作った。そのうちの100個以上は検査用だ。圧力や振動などに耐えられるか、数々の検査を地上で行う。それらの検査に合格してはじめて、保管してあるものの中から2つだけ、機体に取り付けられるのだ。求められているのは120個どれをとっても同じ品質であること。

ランプはすべて手作りの一品ものだ。たとえばガラス管の形は、バーナーでガラスを熱して成形する。120個すべて同じサイズ、厚み、形に作る腕を持つまでには10年近くの経験が必要だという。完成までには7つの工程を経る。それぞれに腕のいい職人がいる。だから120個すべてが均一な品質に仕上がるのだ。

2号機向けのランプの品質保証を担当した西森憲一は、振動試験の思い出を語る。はやぶさ2は、初号機と異なりHA-IIロケットで打ち上げた。振動が異なる。そのため、製品を幾度も揺らして壊れないことを確認したという。西森はNECの府中事業場に週に何度も通った。

「初号機で信頼性は確認できていたものの、2号機は条件も違います。打ち上げ前の最後の2年間は、これでもか、これでもか、というくらい検証を一緒に行いました。どんなに難しくても依頼された仕事はことわらない、それをモットーにやってきました。今回も私たちの技術を示すことができて、みんな誇らしい思いです。次に3号機があっても、ぜひやらせていただきたいと思っています」

【写真】西森さん品質保証を担当した西森憲一さん。NECとこれでもかというくらい実験を繰り返したと振り返る

なんとも頼もしい。2号機の着陸挑戦の時は社員総出で、会社の応接室に集まり応援したという。

この会社の創業者である明治生まれの宮田繁太郎はアメリカに渡り、世界的な巨大メーカー、ゼネラル・エレクトリック社(GE)で真空管を学び日本に戻って「エレバム」と呼ばれる型の真空管の製造に乗り出した。真空管は当時ラジオなど電化製品に必要な最先端の部品だった。創業者のパイオニアの精神は、時代を超えて令和の今にも確かに引き継がれていた。

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