ピューマ渡久地ジム「3人のプロボクサー」がドミニカへ渡った理由

あしたのリングに上がるために(中編)

新型コロナウイルスの猛威がボクシング界でも吹き荒れている。

11月にはWBA世界ライトフライ級スーパー王者の京口紘人(ワタナベ)が、試合の前日に陽性発覚。試合はその後、中止となった。

また、2019年11月の井上尚弥戦以来、約1年ぶりの復帰戦となるはずだった元5階級制覇王者ノニト・ドネア(フィリピン)にも陽性反応が出た。そのため、12月19日(日本時間20日)に予定されていたWBC世界バンタム級タイトルマッチも中止された(ドネアが偽陽性だったという報告もあり、現場は混乱した)。

そんな重苦しいムードが漂う中、都内のあるボクシングジムに所属する3人のボクサーたちが、地球の裏側でリングに上がるべく羽田を飛び立ったーー。

⇒前編(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78303)

 

JBC管轄の全試合が中止となり

東京・港区。その小さなジムは、目の前に東京タワーを見上げる雑居ビルの2階にある。かつて、辰吉丈一郎や鬼塚勝也とともに“平成の三羽烏”と呼ばれたボクサーの名を冠する「ピューマ渡久地ボクシングジム」だ。

ピューマ渡久地は、世界フライ級王座まであと一歩というところに迫った一流のボクサーだった(1996年、WBC世界フライ級王者・勇利アルバチャコフに挑むも、9回TKOで惜敗)。だが、不運も重なって、1999年、29歳の若さで現役を退いた。

引退後、ジムを立ち上げたものの、慣れない経営者としてのストレスが絶えなかった。私生活では離婚を経験。そのうちに、記憶障害を発症した。現在は、生まれ故郷の沖縄で療養中である。

残されたジムは、元妻の聡美氏が会長となり、選手を育ててきた。

渡久地聡美会長とデスティノ・ジャパン

「女性ということでボクシングジムの経営も苦労しましたが、周囲の協力もあって、なんとかここまでやってこれました」(渡久地聡美会長)

ところが、2020年、新型コロナウイルスに見舞われた。国内では3月からJBC管轄の全試合が中止になった。

「ウチに所属する3名のプロ選手も試合は延期、中止が相継ぎました。一般の練習生も辞める方が多くて、一時は本当に先が見えない状況でした」