ライターの五十嵐大さんのエッセイ集『しくじり家族』は、エッセイではなくフィクションではないか、と思う人もいるかもしれない。元暴力団の祖父、宗教にはまった祖母、聴覚のない両親。宗教三世として信仰を強いられた「ぼく」。そんな五十嵐さんの家族の姿を率直に綴った作品だ。しかし特異のようにも見えるかもしれない家族は、五十嵐さんにとって間違いのない「家族」であり、そこに愛や思いやりも多分にある。同時に宗教虐待のようなこともあり、「家族とはこうあるもの」という先入観を取り払ってくれるようなエッセイとなっている。

その『しくじり家族』より、父親が緊急入院となり、東京から地元の仙台に帰った時の話を抜粋紹介する。

父の緊急手術 

仙台駅に到着したのは、22時をまわった頃だった。 ホームに降り立つと全速力で改札を抜け、タクシープールへと急ぐ。季節は春で、 夜はまだ肌寒いというのに、ぼくは汗だくになっていた。
タクシーに乗り、運転手に「できるだけ急いでください」とお願いする。運転手がなにか話しかけてきたが、ほとんど耳に入ってこなかった。 
病院に着くと、ベンチに座っている母が見えた。ぼくが大きく手を振ると、母は不安そうな顔で立ち上がった。

―お父さん、倒れちゃった。 
―うん、全部聞いたよ。 
―お父さん死んじゃったら、どうしよう……。

母はいまにも泣き出しそうな顔をしている。ぼくは母を座らせて、その隣に腰掛けた――。 

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大丈夫。お父さんは助かるから、なにも心配いらないよ。 ぼくの言葉で母が安心したのかどうかはわからない。むしろ、ぼくは、ぼく自身が求めている言葉を吐き出しただけなのかもしれない。母の手を強く握りしめた。母はそれを弱々しく握り返す。

手術は深夜一時過ぎに終わった。廊下の奥から、数人の足音とベッドを押す音が聞こえてきた。 医師と看護師、そして眠っている父だった。 ぼくらは一斉に立ち上がる。すると医師が「成功しましたよ」と告げた。その言葉を聞いた瞬間、力が抜けた。膝から崩れ落ちそうになり、なんとか踏ん張る。安堵しているぼくらの横で、母がひとりだけ心細そうな表情をしている。耳が聴こえない母には、医師がなんと言ったのか伝わっていないのだ。 

ぼくは母に向き合い、右手の手のひらを左胸から右胸へとゆっくり動かした。 ――大丈夫。 それを認めた母は、両手で顔を覆い号泣した。肩を大きく震わせ、嗚咽を漏らしている。背中をさすっても、なかなか泣き止もうとしない。どれほど不安だっただろう。耳が聴こえないせいで状況もうまく把握できず、ただひたすら父の無事を祈る。いまのいままで、母は父を失うかもしれないという恐怖と、それにたったひとりで耐える孤独とを背負っていたのだ。けれど、それを背負うには母の背中は小さすぎる。ぼくはもらい泣きしそうになりながら、ずっと母をさすり続けた。 母の事情を知ってか知らずか、医師も看護師も、母が泣き止むのを静かに待ってくれた。

やがて母は目元を拭うと、うまく発音できない声で、「ありがとうございます」と頭を下げた。くぐもった声で、何度も何度もお礼を述べた。医師はそんな母の目を見て、「もう、だいじょうぶ、ですからね」と、一音ずつ区切るように、ゆっくりと発音してくれた。それを見て、母は再び泣き出してしまった。