王者の落日に見えた。
羽生善治が2年ぶりのタイトル戦出場となった第33期竜王戦七番勝負。タイトル獲得通算100期を目指して豊島将之竜王に挑んだが、シリーズ1勝4敗で敗退した。
将棋は自ら負けを認めて投了するところがほかの勝負とは違う。12月6日午後6時25分、羽生が「負けました」とはっきり声を出して頭を下げた。その後、双方が一局を振り返って検討する「感想戦」を30分ほど行った。そこでの羽生の様子は普段と変わらなかったが、駒を片付け終えた時のことだ。
羽生はすぐに立ち上がり、うつむき加減で足早に対局室から去った。
王者の背中は少しばかり丸まっており、いつもよりも小さく見えた。逃げたわけではない。その場で豊島に勝利者インタビューがあると判断して、配慮をしたのだ。羽生らしい美しい振る舞いだが、敗者の気遣いは見ていてつらいものがある。
羽生のタイトル復帰はならなかった。2020年の夏には藤井聡太が史上最年少で二冠を獲得したこともあり、「世代交代が進んだ」という論調も多く見かけた。
将棋界で「世代交代」という言葉には特別な響きがある。
辞書を引けば、「若い年齢の層が、年配の世代にとって代わること。組織や集団で、人事が刷新されて若い年代が台頭すること」とある。
一般的にはよい意味で使われることが多く、フレッシュでさわやかな響きがある。これが円滑になされたほうがよいと思われれている方も多いはずだ。
しかし、将棋界においてはその限りではない。
勝負の世界なのだから、年齢に関係なく勝者が偉いのだ。
長期間にわたって頂点に君臨し続ける者がいるということは、若い世代がだらしないということになる。目の上のたんこぶである年配の世代を、若者たちが死力を尽くして打ち負かしに行く。上の世代は必死に抵抗し、振り払おうとする。歳が離れれば価値観や方法論のぶつかり合いもある。
だから「世代交代」という言葉は魅力的なのだ。