恐竜は過酷な“山越え”をしていた! ジュラ紀に存在した巨大山脈とは?

ティラノサウルス徹底研究 第8回
好評連載「ダイナソー小林の超肉食恐竜ティラノサウルス徹底研究」
前回は、アメリカとヨーロッパで似た恐竜がたくさん見つかっていることを紹介しました。当時は大陸の配置が現在とは異なり、まだ大西洋がなかったことが理由のひとつですが、それでもアメリカとヨーロッパ間の移動には大きな障壁があったようです。

山脈を越え、過酷な旅をしていた恐竜たち

早速、余談になりますが、大西洋がなかったその当時、ジュラ紀後期のニューヨークに住んでいるあなたが、日帰りで旅行に出掛けるとしたら、最寄りの大陸はどこになるでしょう? ——これはじつは、私がアメリカの大学にいたときに、地理のテストで出たひっかけ問題です。

ヨーロッパの国を答えがちですが、正解はアフリカ大陸。もう少し細かく言うと、アフリカ大陸のモロッコの南に位置する、西サハラという国になります。ちなみに、フロリダ州のマイアミやオーランドに住んでいれば、最寄りはギニアでしょうか。

なぜならもともと三畳紀後期までは、アメリカ合衆国の東海岸は、アフリカ大陸のモロッコからギニアくらいの西海岸に接地していました。

ジュラ紀後期になって、大西洋ができはじめても、アフリカへ行くのは比較的簡単ですが、アメリカ大陸からヨーロッパへ行こうと思うと、カナダの北東にあるケベック州、ノバスコシア州、ニューブランズウィック州、ニューファンドランド・ラブラドール州のいずれかからヨーロッパへ入るか、さらに北のグリーンランドを経由してイギリスや北欧へ入るしかなかったのです。

【図】ジュラ紀後期の大陸の配置

これだけでも大変ですが、恐竜たちの時代には、さらに大きな障壁がありました。それは、北米大陸とヨーロッパの間に存在した大きな山脈(中央パンゲア山脈)です。この山脈があったのは三畳紀のことで、その名残が現在のアメリカのアパラチア山脈になります。

ストケソサウルスたちが、北米とヨーロッパを行き来していた時代(ジュラ紀後期)には、すでに大西洋ができ始めていたので、この山脈の影響はそれほどなかったのかもしれませんが、それにしてもこの“山越え”は重労働であったはずです。

それでも恐竜たちは、さまざまな危機や苦難に直面しながら、過酷な旅をしていたのでしょう。たとえばアロサウルスやステゴサウルス、ブラキオサウルスが闊歩していた時代というのは、一般的にジュラ紀後期の北アメリカの話ですが、最近ではヨーロッパやアフリカでも似たような風景が見られた可能性が指摘されています。大西洋がなかった時代でも、彼らは山脈や大きな川を越え、何千キロという距離を移動していたわけですね。

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