200年前の名著、ヘーゲル『法の哲学』を「今」読むべきワケ

近代社会の「原理」とは何か?
竹田 青嗣, 西研 プロフィール

ヘーゲル社会哲学の核心とは?

まず大きな見取り図をおいてみよう。

第一に、現代思想において、ここまでヘーゲルは、総じて、反動的、復古的な「国家哲学者」として批判を受けてきた(とくに、マルクス主義、ポストモダン思想において)。この批判には半面の理がある。『法の哲学』の国家論は、基本的に、君主制の正当性を主張する理論だからだ。

しかし別の半面からは、このヘーゲル批判は、「自由な市民国家」を最も本質的な仕方で根拠づけるヘーゲル社会哲学の核心を完全に見落としている

これらの批判は、理論の外形だけをみてその本質を見過ごすという過ちを犯していると、われわれは考える。ヘーゲル哲学は、ルソーのそれと並んで、近代の民主主義理念を基礎づける最も重要な社会哲学だというのがわれわれの見方である。

ルソー(Photo by gettyimages) 

第二に、しかし、にもかかわらず、ここで重要なのは、ルソーの近代社会の理論とヘーゲルのそれの間には、ひとつの明確な分裂があるという点である。すなわちルソーの近代国家は「人民主権」の国家だが、ヘーゲルの国家は、あくまで君主に主権をおく「立憲君主国家」である。

この違いが、ある意味で、「自由な社会」の哲学的基礎づけとしてのヘーゲルの国家論をきわめて見えにくいものにし、ヘーゲルに対する古い国家哲学の擁護者という批判を生み出してきたからだ。両者の違いの本質的な理由を明確に理解することで、むしろわれわれは、現代の民主主義の存在意義をより深く把握することができるだろう。

第三に、『法の哲学』の最大の功績は、まさしくそれが「レヒト」、つまり、社会における「正しさ、権利、法」の正統性の根拠・・・・・・についての最も本質的な哲学理論となっている、という点にある。たとえばアメリカの政治哲学を代表するロールズの『正義論』もまた、社会の「正義」の公準についての哲学理論だが、両者を比べることでわれわれは、社会の正義(正しさ、権利、法)の根拠・・がいかに定位されるべきかについて、明瞭な理解をうることができるだろう。

 

ホッブズとルソー

『法の哲学』の現代的意義をより明らかにするために、まず、ヘーゲルに先行する二人の近代哲学者、ホッブズとルソーの社会哲学の「原理」を簡潔に整理してみたい。

第一に、ホッブズの「普遍戦争原理」(竹田)(「万人の万人に対する戦争」)。

上位の権威と権力がないかぎり、つまり強力な国家統治なしには、人間(共同体)は、相互不安によって、普遍的な戦争状態から脱することは決してできない。これがホッブズの「普遍戦争原理」の要諦である。

ホッブズ(Photo by gettyimages)

このホッブズの"戦争とその抑止の原理"は、近代の社会哲学の始発点をなす偉大な達成なのだが、そもそも「近代国家」に対する強い否定性を主潮とする現代哲学(マルクス主義、ポストモダン思想)では、ホッブズのこの重要な原理の意味はほとんどつかまれていない。近代国家じたいが否定されるべきという観点からは、この考えは、単なる国家権力の擁護の理論・・・・・・・・・・と見えるからだ。

ホッブズの「普遍戦争原理」の意義を最も本質的な仕方で受けとったのは、ロックやカントやマルクスではなく、ルソーとヘーゲルである。ルソーの『社会契約論』の冒頭は、つぎのメッセージからはじまる。

強力な国家統治だけが普遍戦争を抑止するが、それは人間の普遍的な支配を必然にし、ここでは人間の「自由」は存在しえない。どのような統治が、人々の自由の確保を「正当化」するものとなるか。ルソーはいう。《わたしはこの問題は解きうると信じる》と(『社会契約論』)。

ルソーの答えは以下の二つの概念で示される。それが、「社会契約」と「一般意志」だ。

このルソーの「答え」は簡明なテーゼに要約できる。"自由な社会を求めるならば、各人が自由な個人として「社会契約」をなし、対等な権限において「人民主権」による統治を創設せよ"。これこそは、近代社会における民主主義理念の最も根幹となる原理である。

私はこれを「普遍ルール社会」の原理として再編したが、その要旨は、各人が自己と他者の「自由」を相互承認し、その上で、完全に対等な権限による公正なルールによって営まれる政治社会、という構図となる(『哲学は資本主義を変えられるか』、角川ソフィア文庫)。

しかし、ほとんどの現代哲学者、理論家たちは、ルソーの文学的レトリックに惑わされて、長くこの簡明な原理を受けとることができないでいたのだ。

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