コロナ禍によって、あぶりだされた問題、余儀なくされた変化、あるいはまったく変わらなかったことも含めて、世の中を俯瞰してみると、ポストコロナの世界は、地球上の人々が同じ問題に対して「考える」きっかけを作りました。現代を生きる私たちに一石を投じたようにも思えるコロナの存在。さまざまな角度から世界を見つめる識者たちに、感じたことを語ってもらいました。

今回、お話を伺ったのは、医学博士・医師の稲葉俊郎さんと作家・漫画家の小林エリカさん。勝敗や善悪の二元論で考えることや、人と人、人と自然、それぞれ尊重し合える距離感などについて語ってくださいました。

●お話を伺ったのは…
稲葉俊郎(いなば・としろう)
医師。東京大学医学部附属病院循環器内科助教を経て、軽井沢病院総合診療科医長。伝統医療や民間療法を広く修め、伝統芸能や芸術などの分野と医療との接点を模索する。最新著書に『いのちは のちの いのちへ−新しい医療のかたち』。

小林エリカ(こばやし・えりか)
作家・漫画家。1978年生まれ。目には見えないもの、歴史、家族の記憶などから着想を得て、リサーチに基づく史実とフィクションからなる小説や漫画、インスタレーションなど表現活動を行う。近著に『トリニティ、トリニティ、トリニティ』。

もう一回ちゃんと悩んで考えて、
そして次の一歩を踏み出していく

ーー最先端医療の現場に携わりながら、伝統医療や民間療法などにも目を向け、「いのち」の本質について考え続ける医師・稲葉俊郎先生。長年、「目に見えないもの」をテーマに小説や漫画などの創作活動を続ける作家の小林エリカさんと、姿の見えないコロナウイルスとの向き合い方、これからの人間の生き方について医学と文学の領域を超えて対話した。

小林 私は今回、先生の著書『いのちを呼びさますもの』を読み返したのですが、繰り返し「あわい(間)」という言葉を使っていらっしゃいます。西洋医学とそれ以外の医療、例えば伝統医療などですね、そのどちらかに極端に傾きすぎてもダメだし、二者択一では本当の意味で人を治癒することはできないと。医療や人間の健康をその根本に立ち返って考えるというご意見は、長年医療の現場で命と向き合ってこられた先生だからこそだと感じます。同時にそういう「あわい」の部分に目を向ける考え方というのは、コロナ禍にあっても大切なことだと思いました。

稲葉 私もステイホーム中に同じようなことを考えていました。今まで医療現場で感じていた違和感のようなものが今回のコロナの一連の出来事のなかにもあって、それをずっと考え続けています。

小林 多くのメディアでは「コロナをどう倒すか?」みたいなことが議論されていて、もちろん病気の撲滅は大切だけれど、問題はそこなのかなという疑問がずっとあって。勝ち負けや善悪の二元論で考えてしまうとやっぱりこぼれ落ちるものがあるような気がします。仮にワクチンが開発されたとして、すぐに「次はオリンピックだ!」と、何もなかったこととして進んでいくのは違うんじゃないかなと思うんです。

稲葉 医療の世界も同じで、「病と闘う」っていう発想がありますよね。それは一面の真理ではありますが、それだけで全ての話が進んでいることにすごく違和感があります。「因果論」という言葉を聞いたことがありますか?

小林 原因があって結果がある。

稲葉 だから原因を解明すれば結果はよくなる。それは正しい考え方なんだけれども、原因が100あったときにそのうちの1個を特定したら、残りの99個を取り除いてしまいがちです。それはコロナ禍においてもそうで、中国が悪いとか安倍首相が悪いとかね。単純な話になりやすいんです。

小林 犯人探しみたいな感じですね。特定できたらみんな安心する。

稲葉 医療現場にいておかしいなと感じるのもその部分で、とにかく病気の原因を突き止めてそこを治せばいいということになっている。でも僕が患者さんに言うのは、病気をある種「目的論」で捉えましょうということ。どういう目的があって今この現象が起きているのか、この病気は自分をどんな方向に連れていこうとしているのか、一度病気の立場になって考えましょうと。

小林 闘うのではなく、病と対話する。

稲葉 因果論というのは過去に視点が行くことですから犯人探しになりやすいけれども、目的論は視点が未来に向かっていきます。原因は大切ですが、同じくらい「これからどうするか?」ということも大事なんです。因果論と目的論が合わさって初めて、ことの本質が見えてくると思うんです。

小林 因果論だけに依って立つと単純な話になりやすいというのはそうですね。コロナの一連の報道や世の中の動きを見ていてもものすごく近視眼的な議論に終始しているなと感じましたし、東日本大震災についても同様です。私は15年ほど放射能の科学史をテーマにリサーチや創作活動をしているのですが、放射能についても何百、何千年の単位で人類が考え続けていかないといけない問題なのに、すでにもうなかったことにされつつある気がします。

稲葉 病気やウイルスにも言えます。

小林 いったん収束したように見えると、すぐに次へ次へと話題や関心、政治までもが動いていく。人類レベルの問題が全部ふいにされ続けているように思えて仕方がないんです。今、私たちがする決断がすごく重要であるということを、今一度、長期的な目線で考える必要があると強く思います

稲葉 私も3・11のときには医療ボランティアとして現地に出向きました。あの大災害を受けて、なぜもっと日本が根本的に変わらなかったのかなと考えたのですが、病気と一緒で人間って本当に命がけの体験を経ないと根本的には変わらないんですよね。そんなことを考えているときにこのコロナが起こって、僕は小林さんが仰った「人類がこの先考えていくべきこと」を地球が私たちに強制的に考えさせようとしているんじゃないかと思ったんです。

小林 「目的論で捉えなさい!」と?

稲葉 人間はなんのために地球上にいて、どういう目的でたくさんの生物と共生しているんだろう。そこをもう一回ちゃんと悩んで考えて、そして次の一歩を踏み出していく。悩むというのは時間が必要ですから、今回のステイホームはある意味そのための期間だったんじゃないかと受け止めているんです。人類がどっちの方向に向かっていく必要があるのか、どうしたらほかの生物と折り合いをつけて生きていけるのか、みんなが自分なりに考える時期に来ているんだと思います。

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