なぜ中国人留学生は、日本人から「中国の歴史」を学ぶのか

ケンカをしながら語り合えるのが中国
天児 慧, 鶴間 和幸 プロフィール

天児 私も鶴間先生とだいたい同じ世代ですが、70年代の日本では文化大革命はとてもいいイメージでとらえられ、メディアも文革はすばらしいという論調でした。私もそうした影響をうけた一人ですけれども、当時、毛沢東礼讃者がたくさんいて、彼らは毛沢東は神様だと言うわけです。

私はそれに対する反発があって、毛沢東だって人間じゃないかと。そういうところから、なぜこの人物が偉大になったのか、ちゃんと見てやろうと思った。それで大学院に入って現代中国をやろうと思い、毛沢東を研究テーマにしたんですね。

ですから、現代中国とのつきあいはもうずいぶん長いのですが、こうなったのも中国が毎年のように変化していくからです。おかげでいつまでも飽きない(笑)。

鶴間 ただ、今は現状分析に欠かせない情報を得るのが大変になっているでしょう。

天児 中国も胡錦濤の時代までは、わりと情報が得やすかったんです。香港ルートや台湾ルートなどいろいろな情報ルートがあり、それらから入ってくる情報は玉石混淆でしたけれども、統計的なデータから人事や政策上の情報まで、比較的容易に得ることができた。

今は重要な情報は容易にとれなくなっています。人事や政治動向の情報をとるのは命がけで、とくにここ10年くらいは世界のチャイナウオッチャーが大変な苦労をしています。

鶴間 習政権は体制維持のために情報統制は不可欠と考えているようですが、じつは体制にとって情報統制はマイナスなんですね。これは歴史が教えているところですが、いろんな議論があったほうが体制は維持できる。

天児 それを今の中国は学んでほしいですね。口先だけ言論は自由だと言っていて、実情はまったく違う。それで民衆は中国共産党を信用しない。おっしゃるように情報を統制することは体制にとってマイナスである。中国は一度そのことを実感する経験をしないと、そこはなかなか変わらないと思います。

中国共産党(photo by gettyimages)

日本で中国史を学ぶ意味

鶴間 シリーズ第12巻の書名にもなっている「日本にとって中国とは何か」ということが、日本で中国史研究が始まって以来の大きなテーマのひとつなわけですが、じつは日本にとって中国史というのは、「外国の歴史」ではないんですね。

日本、中国、朝鮮などを含んだ大きな地域の歴史として語られるべきだからです。実際、一国史観を反省して、そうした視点で東アジアの歴史が語られた時期もありましたが、いつのまにかそれが薄れてしまいました。

そのあたりは良好とはいえない日中関係が投影していますが、こうした国どうしの愛憎関係というのは、身近な相手だから起こりやすい。地理的に遠い国だったら、そういう感情は生まれません。近いゆえに愛憎関係が生まれるのだから、そこはおたがいに克服していかないといけない。

われわれも中国に行くと、あちらの研究者と論争になることがよくあります。でも、それは大切なことなんですね。中国へ行く留学生もあちらでよくケンカになるそうですが、帰ってきて、もう中国史なんかやりたくない、というのは少数派です。

しばらくすると、また中国に行きたがる学生が多い。だから、ケンカはべつに悪いことじゃない。ケンカをしながら語り合えるのが中国なんです